それって本当に嫌なこと?

 国語の勉強が嫌な子供がいたとします。でも、本当は国語自体が嫌いなわけではないのです。

例えば、場面は、小学校の教室、国語の授業、太郎君は、先生に指名されて、みんなの前で教科書を読む羽目に(笑)なったとします。その時、文章を読み間違えてしまい、クラスメイトに笑われてしまいました。太郎君は、みんなに馬鹿にされてしまったように感じました。うつむいて真っ赤になり、心臓をバクバクさせながら、物凄く嫌な気持ちを感じました。それがトラウマになり、国語嫌いになりました。

※太郎君は、国語の授業の時に感じた嫌な気持ちを、国語と結びつけて、記憶のファイルに保存しました。太郎君が嫌なことは、国語自体ではなく、国語の授業の時に感じた馬鹿にされたという嫌な気持ちだけなのです。

 さて、大人になった太郎君の小学校の頃のこのトラウマは時間の経過とともに記憶の中にしまいこまれ、忘れ去られたように見えましたが、、、。太郎君は、社会人になり、みんなの前で企画を発表する機会に恵まれました。でも、どうしても、この企画はつまらないと馬鹿にされてしまかもしれないという恐れがあり、そのこと自体で発表が散々なものになり、伝えたい趣旨は一つも伝えられませんでした。うつむいて真っ赤になり、心臓をバクバクさせながら、物凄く嫌な気持ちを感じました。もちろん、結果はボツです。やはり、人前で発表できる才能はないんだと信じ込んで、思い込みをさらに強化してしまいました。自分は、そうだから、それは変えられない事実として認めなければいけない、、、、、、と。そうして、人前で発表する時には、必ず失敗するという方程式をつくりあげ、その状態を自ら生み出していきました。最終的には発表することも、避けるようになりました。

 

小学校の頃、人前で馬鹿にされたように感じたあの気持ちが作用したとは気づかずに。

 

 

■ある男性は、海が大嫌いです。理由は、毛深いから。そうです、この男性は、思春期の時期の水泳の授業の着替え中に、友人から「毛深いね!」と言われたことにより、「毛深いことは、駄目なことなんだ、恥ずかしいことなんだ!」と信じ込んでしまったのです。本当は、毛深い自分を見られること自体が恥ずかしくて嫌で、海自体は嫌いではないのです。この男性が、過去の嫌と感じた感情を癒して手放し、毛深いことを個性として受け入れたらどうでしょう?海を大好きになるかもしれません(笑)もともとは海が大好きなのですから。

 

私たちは、誰でもこのようなことを気・づ・か・な・い・う・ち・に!やってしまっています!しかも、なぜこうなるのか!という大元の原因すら、記憶の奥底にしまいこんで忘れてしまっています。

起こったことの事実は変えられません。しかし、嫌な気持ちを感じた時の感情ストレスを手放せば、知覚を変えられます。そして、同じことを繰り返さずにすむようになります。

 

質問です!それってあなたにとって本当に嫌なことですか?(笑)

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