私の身体の歴史とキネシオロジー

保育園時代

私の身体の歴史とキネシオロジーで学んだことを記します。

 


生まれたときから身体が弱かったそうです。 
生まれてすぐアレルギーを発症しました。
アトピーと喘息です。
アトピーは、体が赤鬼のようになっていました。

小さな身体に真っ赤にただれた皮膚。

皮膚に付着した包帯を痛かろうと思いながら交換したり、、、

見るに耐えなかったそうです。

また、起きている時は、

ひっ掻かないように、

親の注意が行き届いていましたが、

意識のない寝ている間に掻いてしまい、

出血していました。

喘息は喘息で咳が出続けて、寝れませんでした。

寝るときは、咳に疲れ果てて、

気がついていたら寝ていたという状況の繰り返しです。

親も散々苦労したことでしょう。
何箇所も病院を回りました。
いろんな抗生物質も飲みました。

ステロイド剤も使いました。
しかし、症状を一時的に抑える効果しかなく、

解決してくれるような医者を次から次へと探し続ける

ドクターショッピングになっていました。

 

 

小学校に進級しました。

 

 

 しかし、さらに、アレルギー性結膜炎・不整脈・頭が割れるような頭痛まで加算されました。
アレルギー性結膜炎は、目がかゆい日が続き、病院に行った時に診断されました。
不整脈は、学校検診で指摘され、病院の再検査で診断されました。
(心電図・ホルター心電図等)
ひきつけも起こしました。

ひきつけを起こした際、父親が自分の指を噛ませて、

舌を噛み切らないようにしていてくれたそうです。

ただし、指を噛み切られそうだったという後日談はありますが・・・。

 


熱を出せば、すぐ40度。

 

 

 病院の先生に、よく往診に来て頂いた記憶が鮮明に残っています。
熱冷ましの注射嫌だったな、あと解熱剤も。
他に記憶に残っていることといえば、
天井の木目です。
安静にしているしかなかったので、仰向けで天井をぼーっと眺め続けていました。
天井の木目が顔に見えてきたり、天井が落ちてきそうになってくる錯覚を
覚えたり、、、。
 6歳位のある時、横になりながら「死」について考えていたこともありました。
寝たら朝に目覚めることができるのだろうか?
目覚めなかったらどうしよう?
お父さん、お母さんに会えなくなるのやだな、悲しむ姿みたくないな、
死ぬのやだな、死にたくないなと、一人布団の中で泣いていました。
ただ、不思議なことに、「死」自体には恐怖はありませんでした。

 

 

「悲しませるから、死にたくない」という

悲しませることに対する恐怖」という感情だけが強く動いていました。

 

 

泣き尽くした後に、泣いていても仕方がない!と良い意味での
諦め感が出て、落ち着きました。

 


 小学生のある時、思いました。
このまま病弱だと、何もできずに人生が終わってしまうと。
特に、喘息がきつかったので、
呼吸器を鍛えようと決心し、ジョギングを始めました。
休みの日などは、朝5時半から走っていました。
そうしているうちに、喘息の頻度は少なくなっていきました。
しかし、改善がみられても、少しでも良くなりたいという一心で、
また、一日でもサボるとまた元の状態に戻ってしまいそうな恐れが重なり、
体がきつくても、雨が降っていてもジョギングを続けました。

 

 

 そして、、、慢性疲労の状態が自覚症状として現れ始めたのは高校生の時でした。
充分に睡眠をとっているのに、全く疲れがとれなくなったのです。
授業中はいつも眠い状態が続きました。
両親のサポートがあり、何とか高校を卒業できました。


 その後も身体がきつい状況は続いても、
「みんなも身体がきつくても頑張ってやっているんだな!」という信じ込みがあり、
そのように自分に言い聞かせながら乗り越えました。
ひどいときは、バイト先の上司と2人で話しているときに
目の前でコックリする始末。

 
そうこうしていたら、ある事情によりストレスを
強度に溜め込み、、、、、、
その日は突然やってきました。
身体が全く動かなくなってしまったのです。
しかし、2〜3時間休めば、気合いで動くことはできました。
死ぬ気で仕事場に行きました。
身体は、ずっとほてった状態で、アドレナリンが
出っ放しのような感覚でした。
倒れそうになったときは、トイレに座り、深呼吸をし、
気合いを入れなおし、身体を無理やり動かしました、が…。

気合いでも身体が動かなくなってしまったのです。
まるで、殺虫剤をかけられた後のゴキブリのよう。
休みの日は、横になり続けました。
動きたいけど、動けない。
その時に、かけられた言葉が、
「だらだらしている!」「怠け者!」「若いくせに!」
「あなたより重い病の人はいる」

「健康そうに見えるのに!気持ちの問題だ!」でした。

 

 

 正直、傷つきました。

 

 

 必死に動こうとあがいているこの気持ちをなぜ、わかってくれないのか?
身体さえなんとかなれば、どんな人たちよりも、頑張れる!
 でも、身体…動かない。

やり続けて、死んだら、もしくは、何か事が起こって初めて気づいてくれるのか?

「じゃあ、自分の気持ちを殺して、私が駄目になることにより、

あなた達が間違っていたことを証明して後悔して頂こう!」とも思いました。

それは、感情の痛みから始まった

自己犠牲による周囲への復讐行為に過ぎなかったのです。

理解してもらえるなら、死んでもいいという自己の存在価値への矛盾と

同時に、相手に罪悪感を与えることにより、罰しようとしていました。

それに、気づくことができました。 

 

 その原因は、

自分の本当の感情を無視し続け、

本質と違うことをし続けてきた自分にあったのです!!

 

 

 

感情に痛みを抱えている人は誰でも、

痛みを埋め合わせる為の補償を求めながら生きています。 

 

 

 

 キネシオロジーに出会い、身体のケアをしましたが、
その身体のケアをする過程で基本的なことをやっていないことに気づきました。
身体がきついとき、今まで休んでこなかった、また、心も休めてこなかった。
身体が弱いままじゃ駄目だ!強くならなきゃ!頑張らなきゃ!

周囲の期待に応えなきゃ!とやり続けてきました。
身体がきつい状態が、日常化していてそれが当たり前だと思っていました。
数十年間も!!!

 日常化していた身体のきつい状態以上にひどい状態にならないと、
休む根拠とならなかった。
「これ位のことで休んだらいかん!」と思っていました。

 

 

 でも、それは間違っていました。

 

疲れたときには、休んで、また動き出せば良いのです。
 皆さんは、このことは当たり前のようなことにお思いかと存じます。
でも、それがなかなかできないのです。
「本気でやらないだけ!」ということではなく、
本当にできないのです。

また、感情を抑圧して生きてきたことに気づきました。
自分の感情より、まず、人の感情を最優先にしてきました。
人の喜ぶ顔を見たいが為に。

自分は悲しんでも、人の喜ぶ顔を見るためなら何でもやってきました。
そうして、無視してきた自分の感情はうまく消化されず、身体に溜まって、
慢性疲労の状態を作り出したのです。

また、「人を悲しませたくない=喜ぶ顔を見たい=無理してでも頑張らなきゃいけない」という 間違った方程式まで「自分で」作ってしまったのです。

身体は、痛みとしてメッセージをくれていたのですが、
頑張らなきゃ!怠けてはいけない!と言い聞かせて、
そのメッセージを無視し続けました。
そして、自分の本当の気持ちすら分からなくなっていました。

皮膚感覚さえ麻痺しました。身体の幅の感覚もなくなり、

物にはぶつかるし、階段は踏み外すし、、、という有り様でした。

 

 

キネシオロジーの個人セッションを受けていく中で、
皮膚感覚から自分の本当の感覚まで取り戻していきました。
そのプロセスで、ドカンと全身打撲のような痛みが出てきました。
そう、その痛みは出てきたものではなく、元々あったもので
それを、アドレナリンが感じさせないように抑えてくれて
いたのです。
身体って苦しませないようにも痛みを感じさせなくして
くれてたんだな、と。身体って凄いな、と。
個人セッションの中で、身体は、答えをくれるのですが、
身体が、私自身を信じてくれていませんでした。

 

 

それは、そうでしょう。

 

 

身体のメッセージを無視し続けてきたのですから。
はじめは、身体に謝ることから始まり、
身体をケアする行動を「現実として」実践していきました。

 


「身体さん、今まで無視し続けてきてごめんね」と。

 


個人セッションでの身体から貰った答えを基に、
身体の痛みを、メッセージとして受け止め、行動し始めた結果、
ある時、心と身体が繋がった感覚を得られました。
バラバラに分かれていたものの「はじっこ」と「はじっこ」が
繋がって「ほっ」として、温かで穏やかな何かが流れ込んでくる感じです。
その瞬間、「あっ!自分は助かった」と思いました。
あの時、気づいていなかったらと思うと、今でもゾッとします(笑)

 

 

身体は、気づきのために、メッセージを日頃からくれているということ
※そのメッセージに気づくためには、まずは、自分の感覚を取り戻すことが大切だということ。
→ストレス状況下で、感覚が麻痺していると気づきの前提の「感じること」すらできませんので。

気づいたことを、実践していくことの大切さ

気づきと、実践が「1セット」になってこそ、
変化を生み出していけるんだな!と学ぶことができました。

 

 

私の体験が、皆様のストレス感情の解放の一助になればと思います。

 

 

あなたが抱える悩みの解決策はすべてあなた自身の中に「すでにある」ということだけは、
頭に入れておかれてください。
私は、あなた自身の中にある本来のパワーに気づくためのサポートしかできないのですから。
気づきさえすれば、そのパワーをあなた自身で活用でき、変化していけます。 

あなたが、ありのままの自分自身で「ある」ために!
※自分本来のパワーを譲ってしまうと依存を作り出してしまうことになりかねません。

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