修行と悟りと身体

 

修行を辞書で調べてみますと

修行・・・・・悟りをめざして心身浄化を習い修めること

とあります。

 

修行の一つとして、苦行と言われる滝行があります。

 

目的は様々だと思います。

 

開運・精神を強くする・身を清めるなど。


ただ、悟りを目的とした滝行は意味ありません。


 

滝行自体では悟れません
そもそも、日常生活の人間関係の中にこそ
学ぶテーマがあります。

 

 

霊的な問題があるとして、
憑き物落としとして滝行を行って、
今、憑いている物が一時的に落ちたとしても
また、憑くだけです。
その人間の心が変わらない限り。
引き寄せの法則・類は友を呼ぶです。

 

 

啓示を受けたという人は
滝行の中で身体の感覚が麻痺することにより
どこかには繋がる感覚を得ることはできますが、
繋がる先は、、、、、
結局は、今の自分の人格と同等レベルの意識体にしか繋がりません。
自分以外の外側に自己の価値を上げてくれる何かを
求める場合に起こりやすいです。

 

 

もう一度繰り返します。
修行というものがあるとすれば、
日常生活の人間関係の中にこそ、あります。

 

 

また、悟りを求めるという「思考」を
持っていると永遠に悟れません。
悟りを「求める」=悟りと一定の距離感を持ったまま
求め続けることになります。
悟りと永遠に一致しない(笑)

 

 


ま、元々みんな悟っているんですが。
思い出せないだけで、、、、、、。
身体も元々悟っていますので
身体を感じながら動くと上手くいきます。
身体が心地良いかどうかで選択すれば
良いのです。

 

 


身体はいつも教えてくれてるじゃないですか?

 

 

 

必要以上に命を奪う(食べる)と、
太ったり、病気を起こしてメッセージを伝えてくれるし。

これ以上、必要ないよって!

必要のない命まで奪わないで!って。

 


必要以上にストレスを抱え込むと、
体調不良等でメッセージを伝えてくれるし。

 

 


身体は調和や愛を教えてもくれてます。
共存共栄。
肉体という宇宙が調和していなければ、
身体は身体として動いていません。
各種臓器も各々の役割を持ちながら
全体を支えあっています。
個性を奪うことなく。
心臓が、肝臓の役割を奪ったり
領土拡大しないでしょ〜?
そんなことするの身体に学ばない人間ぐらいです。

だから、不調和の象徴のひとつとして

ガンという病気で教えてくれたりもします。

身体の命まで奪うほど領土拡大する。

そして、ガン自体も最終的には自滅する。

共存共栄を見失った

人間の愚かさを教えてくれている。

 

 


身体は単なる魂の器であるというのは嘘です。
魂が成長するためのサポーターの役割を担っているのです。

 


身体の声を聴いていきましょうねぇ〜

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