黄金のゴキブリ続き

 

「トメさん、実はトメさんだけに特別に、

トメさんが大好きなお菓子を買ってきたんですよ。二人でこっそり食べようと思って。

みんなにばれないように、

お外で食べるので今のうちに上着と靴下を履いちゃいましょう。

よろしいですか?」 

 

 

得意げに演出すると、トメさんは目を輝かせながら、

内緒よ!という手振りを口元で見せ、微笑んだ。 

 

 

上着を渡すとさっと腕を通して、靴下に取り掛かる。 

 

そう、やって頂くことが大事なのだ。

 

 

使わない能力は衰えていくのだから。 

 

 

トメさんが、トメさんらしく自分の力で生きていく。

 

 

私たちはそれをサポートさせて頂く影の存在なのだ。 

 

 

業務の都合やスケジュールを理由にして、

何でもテキパキとやってしまう介護施設も多いと聞くが・・・・・。 

 

 

トメさんは食べることが大好き。

 

だから、自分の手でなるべく長い間食事をとって欲しいという願いもある。 

 

人から食べさせてもらうことは、食事の魅力を半減させる。

 

一口の適量、ペース、好みでの食べる順番が失われてしまう。 

 

与えすぎることはその人の能力を奪うこと。そして楽しみまで奪ってしまう。

 

 

そう考えると良かれと思うことの中には、

そうでもない要素も多々含んでいることがわかる。 

 

 

 

「お兄ちゃま、この靴下なかなか履けないのよ」 

そういって、被っていた帽子を差し出す。 

 

「どれどれちょっと見てみますね。

あ、そうそう、トメさん、トメさんの大好きなお菓子ご用意してますからね!」

耳元でささやくと同時進行で帽子と靴下を差し替える。

意識を一時的にお菓子へと固定化する。

 

「トメさ〜ん、ごめんなさ〜い。私の靴下渡しちゃってて。

大きいはずです。これがトメさんの靴下です」

おちゃらけて靴下を手渡すと

 

「もう〜お兄ちゃまったら〜」

 

笑顔で靴下を着用する。

 

 

トメさんの世界の中では「その時は」帽子は「絶対的な靴下」なのだから。

 

 

そう、僕らの仕事はある意味で、嘘をつく仕事でもある。

たくさんの嘘をつく。

 

湯冷めをして風邪をひかぬように

着衣を進めるためだけにすでにいくつもの嘘をついている。

 

糖尿病の疾患を抱えたトメさんにはお風呂上がりにお菓子が提供されることはない。

 

ティータイムとの名を借りた水分補給が待っているだけだ。

 

 

僕は、その都度罪悪感を感じていた。

 

 

命を健康に近い状態でつなぐことと

当人の精神的自由・こころの充足感とのせめぎ合い。

身体を壊してもやりたいこと。当人が自己決定する命の使い方。

尊厳を損なわないようにそれらのバランスをとることの難しさ。

 

 

なるべく嘘をつかずに生きていけたらと思う。

思いながらもそれは、願いへ変質し、

日常的煩雑さに忙殺され忘却の彼方へと虚しく鳴り響くのみ。

 

 

環境、はたまた、社会福祉の不十分さを理由にして逃げているのかもしれない。

 

 

父はどのようにして命を終えたのだろうか。誰かがそばにいてくれたのであろうか。

何を感じながら終末を迎えたのだろうか。

 

 

 

この記事へのコメント
この記事へのコメントをご記入ください。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
(ブログ管理者が承認したコメントのみ表示されます)
この記事へのトラックバックURL
http://www.blogdehp.net/tb/14653844
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
(当記事へのリンクを含まないトラックバックは受信されません。)