感情の未消化

感情の未消化が
信じ込みに変化します。

 

途中で感じることを止めた感情を消化させるために、
「再び同じ感情」を「引き起こす出来事」が起こります。

 

 

感じることをまたそこで止めれば、
同じ感情を引き起こす出来事は
何度も「繰り返し」ます。

 

 

いつまで?

 

 

その感情が消化されるまで。

 

 

 

感じたくない感情だって、
感じたという事実は事実。
そこを「ただ認める」と消化は進んでいきます。

 

 

 

「あなたには感謝が足りないから!感謝したらいいよ!」

「許さないから、変われないのよ!」

 

 

 

これらの言葉群が、
感情の消化を妨げる方向にも動いてしまいます。

 

 

感じた感情を否定して、感謝や許しに置き換えて
消化を止めているから。

 

 

そして、感謝できない状態の自分を責めて、
自己否定したり・・・

 

 

必死に感謝できるように・・・
許したい・・・・

そういう自分になりたい!と
頑張る・・・・

 

 

その心は「すでに」持っているので苦しいんです。

 

 

・憎いときは、とことん憎んだらいいです。
・怒っているときは、とことん怒ったらいいです。
・両親を許せないなら、許さなくていいんです。

 

 

ご相談にいらっしゃる方の中には、

「父を許したいのに許せない自分がいる。
今まで許しのワーク等どんなものにでも、
必死に取り組んできました。
その中で本当は父のことも大好きと分かったのです。
でも、許せないんです。
こんなダメな自分をどうしたら・・・
もう取り組みようがありません・・・」と。

 

 

まず最初に、
「許さなくていいですよ〜」とお伝えしています。

 

 

そうすると
キョトンという表情をなさる方が多いです。

 

 

 

「許さない・許せない」という経験をしているだけなのですから。

 

 

 

どこの誰がその状態に(顕在意識で)いたいと思うのでしょうか?

 

 

 

感情を消化するまでは必要な体験なのです。

 

 

 

嫌と感じる感情でもシンプルに経験です。

 

 

 

ある特定の個性が、
ビルの1階から眺めた景色と
10階から眺めた景色を
経験しにきただけです。
※1階・10階は次元のたとえです。

 

 

 

1階にいるからダメだとか
10階にいるから素晴らしいとか、
意味がありません(笑)

 

 

 

その景色をどう感じたかで
自分の個性の価値は変わりません。

 

 

 

1階にいる自分と10階にいる自分は
感覚は違えども、同じ自分です。

 

 

 

1階の景色に捉われている自分だって
自分には変わりないのです。

 

 

 

その経験の中で自分を知っていく、
そして様々な出会いの中で
自分を大事にしながらも
他の個性との適切な距離感を大事にしていくことにも
つながるのです。

 

 

 

「あ〜あの時、こう感じただけなんだ〜」と気づくだけ。

 

 

 

な〜んだ!

 

 

 

「感じた嫌な感情=自分そのもの」ではなかったんだ!と。

 

 

 

 

そのためには、感じたことを「感じた」と
認める必要があるだけなのです〜。

 

 

 

 

※RASのセッションでは、
感情の消化のサポートをさせて頂きます。

 

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