永遠に続くゲーム

 

「このままじゃダメだ!」
「変わらなきゃ!」

 

この思考により、無理な変化や進歩のゲームにはまりこむのです。
それって、今の自分を裁いていることなんです。
根っこで自己を否定しています。

 

今を生きる。

 

今にこそ、パワーがあるのです。
その今を過去の怖れと未来への不安
埋め尽くしますか?

 

もったいないです。

 

進歩ゲームには終わりはありません。
そこに残るのは、自己否定と永続する進歩ゲームだけです。

 

それは、自分を変えるだけでなく、
人を変える、さらには、社会を変える!までいきます。
自己否定が強ければ、強いほど、
人に認められるように社会などの外側を変えようとします。
強いては、社会性を前提とした希望という名の要求を
知らず知らずの内に、突きつけてしまいます。


 

今の社会の枠組みという狭い視野で考えず、

みんな、そのまま、ありのままで、すでに100%満たされている

存在であることを知りましょう。

そして、存在しているだけ、生きているだけで素晴らしいということも。

今の社会の枠組みで、

何か価値があることをするから素晴らしい!のではないのです。

 

ただ、あるだけで素晴らしい!のです。

みんな真理を知っている

生まれて今ここにいること=真理をすでに知っているということ。


ですから、真理を求めることが人生の目的ではなく、
知っていることをトライアルで実践しに生まれてきています。

※肉体を持って生まれた理由はここにあります。
ですから、グラウンディングこそ大切です。

 

あらゆる状況においても、他者との関係性の中で、
自分らしくありのまま、そのままで居られることを
選び取ることができるんだということを勉強しにきています。

 

他者との関係性の間にある真理を実践で経験しにです。
その真理は相手により変化する相対的なものです。

 

 

簡単にいうと、相手のあるがままを尊重できるように!

 

 

相手のあるがままを尊重できるように
なるためには、まず自分を尊重できるように
なることが大切です。

 

感情の痛みも良い悪いはなく、
その学びを応援してくれるものなのです。

 

痛みを持つことでバランスを取っている
人もいます。

 

ただ、いつまでも痛みを持っている必要はありませんよ〜。
手放せますから、不必要になった痛みは手放してみませんか?


※自分らしく居られない自分もありのままなんだよ!という
視点はここでは外します。

 

※四次元以上であれば、想念(思ったこと)がすぐに実現します。
⇒つまり、相手の存在まで奪ってしまう可能性が
あります(意識体であれば、特に)

三次元では、想念(潜在意識)が実現するまで、
少しの猶予期間があります。

 


なぜか?

 


思いを持ち直せる機会を与えるため。
言い換えると、相手の存在を尊重するチャンスを得るためです。

 


肉体は自分にとってのネガティブなものから守ってくれるための
鎧でもあり、自分の個性を感じて知るためのツールでもあり、
みんな調和して生きていくことの大切さを教えてくれる
コミュニティでもあります。

嫌がらせも愛?うっそ〜ん!

 

世の中には、あの人はなぜ自分に対して
嫌がらせしてくるのだろうか?
なぜ口うるさいんだろうか?
ほっといて欲しい!など、
思うことはあると思います。

 


実は、その嫌な人は、
あなたに何かを気づいて欲しくて
演じているだけ
です。

 


簡単に言いますと、
人は生まれ変わる前に、何をテーマにするか
自分で計画を立ててきます。
そして、そのテーマをより効率よく学べるように、
人生の中に人物のキャスティングまで行います。

 


キャスティングされた人物の中には
悪役を演じるお願いをされて引き受けてくださった人もいます。

 

 

自分「ねぇ、Aさん、僕がこのこと(テーマ)に気づいていなかったら
悪役を演じてでも、気づかせるシグナルを送って欲しいんだ。
お願いします!」

 

Aさん「分かりました。あなたが気づくために悪役を演じます。」

 

 

そして、自分が気づかなければ、Aさんはどんどん嫌なことをしてきます。
三次元のあなたは、こう反応します。

 


「Aってやつは嫌なやつだ!」

 

「なんで学ばないんだろう!同じことばかり繰り返して!」

 


ですが、もうお分かりと思いますが、
その悪役をお願いしたのは、あなた自身なのです。
あなたが、あなたのテーマに気づくために!

 

 


ここで、Aさんが変わる唯一の方法があります。

 

 


それは、自分がテーマに気づき、変わることです。
そうすると、Aさんに変化が起きます。
嫌がらせがなくなります。

 

 

 


なぜか?

 

 


あなたが気づくまで悪役をやるというAさんの役割が終了したからです

 


よくこのようにいわれます。
周りを変えたいと奮闘しても変わらない。
あなたが変われば、周りが変わると。

 


でも、なぜそうなるのか
分からないままの方も多いと思います。
実は、そういうことなのです。

 

しかし、ここでAさんから学ばず、逃げたとします。
そうすると、相手を変えて同じことが起こるだけです。
だって、自分で決めてきたテーマからは逃げられないんですから。
つまり、気づかない限り、気づきへのシグナルは止むことはないのです。

 

 

じゃあ、なるべく早めに気づいちゃおうよ!

※出来ないことには、シグナルはこないようになっています。

 

 

何か嫌なことをする人が現れたとき、
私は、僕は、何に気づく必要があるのだろうか?という視点と、
嫌がらせの奥には、愛があるという視点
を持ちたいものです。

 

 

上司、部下、恋人、夫、妻、友達、両親、子供

 

 

すべては、何らかの目的のためのキャスティングなのです。

地に足をつけること(グラウンディング)こそ大切

 

最近、高次元の存在にコンタクトをとれるとか、
当該存在にコンタクトをとっていろいろ教えてもらうことが
一種のステータスもしくは、自己価値の証明に
なっている方が多いように思えます。
そんなことしなくても、ありのままでみんなに価値があるんですが、
当該行為の中で、何らかの欠乏感を満たそうとされていると思います。

 


もちろん、それも自由です。

 


しかし、生まれる前にすべて知っていたことを、
三次元の社会で様々な方法で
教えてもらうことに価値はあるのでしょうか?

 


価値はないです。

 


生まれる前に知っていたことを、(生まれてから)
一旦忘れ去った三次元の社会の中で
どのように気づき、喜怒哀楽を味わいながら
どのように実践していくか?にこそ意味があります。

 

肉体を持って生まれる=グラウンディングが必要なのです。

 

地に足をつけないスピリチュアルは、
高次元に憧れる妄想に過ぎません。
生まれた後に、母体に戻りたいよぉ〜
と駄々っ子をやっているだけです。

母体に戻るために、
様々な経験を積み重ねている訳ではないのです。
浄化して、母なる故郷に戻るためではありません。
元々汚れてすらいませんから浄化も必要ありません。


グラウンディングを避けることは、
生まれる前にすでに知っていた世界に戻りたい!
と逃避しているだけなのです。
すでに知っていることを知る必要はないのです。

 


なぜ社会があるか?
そこで何かを学ぶためです。
社会に関わってこそ!の存在が私たちです。

 


すでに知っていることを、忘れた中でも、人との関係を
成熟させていくことができるか?のシミュレーションの場が地球なのですから。

 


宇宙は無駄なことは一切しません。

 


最終目的は、みんな仲良く!です。

今だからこそ、知っておいてください

よく魂の成長という言葉を遣いますが、
本当は、魂は何も学ぶ必要はありません。


ただし、魂を磨く必要はあります。
生きていたら、身体に垢が生じる。
その垢を落とすことと同じです。


魂の垢を落とすのは、なぜか?
魂に垢をつけたままですと、
自分本来の魂の性質に従って
生きることが困難になるからです。
魂の光を遮ったり、歪ませたりしてしまいます。
垢は、気づきで落ちます。


私たちは、この地球に「喜怒哀楽」を味わうために
生まれました。
個々の魂の性質に従った「喜怒哀楽」を味わいにです。
よって、喜びという感情をピックアップするならば、
人それぞれ、喜ぶ内容、喜びの表現が違うというわけです。


また、同時に、様々な出来事が起こったとき、
個々の魂の性質に従って、
どう反応して、どう行動するかというデータ収集
行っているのです。


目的は、性質の違うもの同士が、みんな仲良く調和して
生きて行くためです。
個々の魂は、個性において純粋で完璧。
欠けているところは一切ありません。
ただ、その個性において純粋なもの同士が
出会った場合、性質の違いにより、
相手をやっつけたりする意図もないのに、
滅しあったりする場合もあります。
他の魂の活動自体が、他の魂の活動に負の影響を
与える場合もあります。
子供でいうところの純粋であるが故の残酷さという
表現に近いのかもしれません。
実際に、他の次元で傷付け合う必要のない争いは
ありました。


そこで、それぞれの各意識体の代表たちは、
話し合いました。
どうしたらお互い、分かり合えるだろうか?と。
ですが、他と違う個性の持ち主である意識体も
自分の純粋さゆえに相手のことが、さっぱり分かりません。
よって、一つの提案がなされたのです。


自分たちの性質を持った分身を創って、
お互いを知るために、シミュレーションさせてみましょうと。
どういう時に、どんな反応をして、
どう行動するかのデータの集積を行って
自分の性質を知り、相手の性質を知る。
そして、お互いを尊重しあいながら、
共存共栄する。


その分身こそが、
私たち人間です。
私たちの肉体には、各意識体の代表の分魂が
入っています。
そして、いろいろな環境設定の下、
喜怒哀楽のデータを収集します。
苦しんでも、データになり、
怒っても、データとなります。
すべては、みんな仲良くなるためのデータ収集です。
よって、自殺はデータ収集を途中で放棄することになり、
また、同じところからデータ収集をスタートせねばなりません。
ですから、人は、何かをするから、価値がある訳でもなく、
何かを持っているから、価値があるのでもありません。
生きているだけで、価値があるんです。
苦しんでる自分、怒っている自分、納得のいかない自分、、、。
それを含めて、素晴らしいということに気づくことです。


お金を持っている人、貧しい人で例えると、
お金を持っている人は、お金を持つように自分で決めて生まれてきています。
貧しい人も、そのような状態を決めて生まれてきています。
それは、環境設定でしかありません。
その環境設定の下でしか取得できない喜怒哀楽というデータを収集するためなのです。
だから、その環境設定を馬鹿にすることは、ナンセンスです。
逆に、その環境設定で卑屈になる必要もありません。
地位・権力も意味を成しません。
その地位・権力でしか集められないデータ収集をやっているだけです。

 

この喜怒哀楽を味わうために、
環境設定の一つとして人も演技します。
怒るというデータを集めるために怒らせるという役を引き受けてくれる人(魂)、
哀しむというデータを集めるために、哀しませるという悲しい役を引き受けてくれる人(魂)
怒るという感情を一例として挙げると、
この怒るという感情の下に、あなたにとってのギフトがあります。
それに気づくことができたら、その怒らせるという役割を引き受けてくれた人もお役御免なのです。
あることに気づいたら、自分も変化し、相手も変化するという理由は
ここにあるのです。
そういう意味では、役割の演じあいをお互いにやっているのです。
嫌な人も、嫌な役を引き受けてくれている勇気ある存在です。


そして、今生で決めてきたデータ収集をし終わると
この世を去っていき、生まれ変わり、また、違う環境設定の下、
企図したデータの収集を行うのです。
そして、自分で計画してきたデータの収集のすべてを
生まれ変わりながら収集し終わると、生まれ変わる必要は
なくなります。そして、最終的には、
自分の大元に戻っていきます。


私たち分身のその活動(データ収集)は、
宇宙を調和に導くにあたり、大変重要な鍵なのです。
しかし、もう一つ重要なことがあります。
私たちが、地球を愛と調和の世界にできるか?です。
地球が、愛と調和の世界になる、、、
つまり、各意識体同士が宇宙で調和して愛の下に共存できる
という証明になるからです。
なぜなら、私たちは、各意識体の分身なのですから。


もうすでに、人類は愛の世界になるのに
間に合わないという人がいます。
確かにそうかもしれません。
経済や利便性を追い求めることが目的ではなく、
愛と調和こそが目的なのですから、
ベクトルがずれてしまっています。
災害は、生きて愛の大切さを知るための
気づきへのシグナルです。
地球も生き物です。
地球もバランスを崩していますが、、
今、そのバランスを取り戻そうとしています。
私たちも、バランスを取り戻す必要があります。
今まで、先送りしてきたことが、
個人レベルでも起きてきています。
感情の起伏が激しくなるということは、
バランスの取れていないところがあるよと、
お知らせしてくれているだけなので、
安心してください。
感情は、その感じた感情を自分のものとして
認め、手放せば良いだけです。
感じた感情に善悪の判断を下し、否定することではなく、
感じきるようにしましょう。そして、そっと手放しましょう。
それが、適切なデータ収集です。
個々の魂の性質に従って感じたものを
ありのままのデータとして収集しているだけなのです。


しかし、感じた感情を否定してしまうと、
否定した感情は、その感情を自分のものと認めて欲しくて、
感情ストレス(バグったデータ)となり、
何度もその人に、その感情を感じるまでアピールし続けます。
これが、気づくまで同じことばかりが起こるというスパイラルです。
そして、さらに気づかないと、ノック音がどんどん大きくなっていき、
強制的に直接的なデータ収集をやるはめになります。
例えば、怒りという感情を否定し続けてきた人に、
もう我慢できない!限界だ!という出来事が起きて
怒り爆発してしまうようなことです。
そして、、、普段、怒らないような人がなぜ?となります(笑)
その出来事は、当人を怒りに持っていくためのノック音です。
本人は、怒りを表現させられることにより、
怒りという感情を強制的に認めさせられたのです。
そこで、スゥーッと何かが抜けていく、、、
これが、手放すことです。
いっぱいいっぱいになったら、手放すチャンスです(笑)
怒りならば、怒った時に、怒りを表現するかしないかは別として、
あ、今、自分は怒っているんだな!と認めてあげます。
そして、自分はなぜ、怒っているんだろうと探ってみます。
そこには、意欲が隠されていることが、分かります。
じゃあ、それをやろうと。
怒りを認めるプロセスを経なかったら、
その意欲に気づけなかったのです。
怒りを否定し続けたら、、、意欲を満たすことなく、
うっぷんばかりが毎回のごとくストックされていき、ドカ〜ンとなります(笑)


話が逸れてしまいました。


まとめますと、私たちは、ユニークな個性の持ち主である意識体の分身であり、
愛と調和のために、喜怒哀楽含めデータ収集をしている。
そして、データ収集だけでなく、分身である私たちひとり一人が地球上で
愛と調和を実現させれば、そのエネルギーは宇宙にエコーし、
宇宙も愛と調和で満たされるということです。
そのために、まずは、自分を大切にしましょう。
そして、何一つ欠けているところがない存在であることを知りましょう。
そのことに気づくことにより、欠乏感から、相手の何かを
奪うことを止めます。内側が欠けていないことを知り、
満たされていれば、外に求めるものなど何もないことが分かるでしょう。

 

もう欠乏感に支配されることから目を覚ましましょう。

そうすれば、何かを得るために相手をコントロールしたり、

コントロールされたりということがなくなります。

 

そこからが、スタートです。

 

まずは、自分を見つめることから始めましょう。