人生は大体決まっています

 

人生で経験する内容は、その大部分を生まれ変わる前に決めてきています。

大切なことは、決めてきた人生をどのように経験し、

喜怒哀楽の経験値をあげていくかだけです。

全く同じ出来事を、
苦しみながら経験してもよし。
楽しみながら経験してもよし。

 

それで、あなたの価値が変わるわけでもないし、
増えたり、減ったりするわけでもない。
生まれ変わる前に、自分で組んだカリキュラムを
経験としてこなしているだけなのです。

どうせ避けて通れない道ならば、
明るくこなした方が、楽かもしれませんよっ!

自殺は、カリキュラムを放棄することになるから、

結局また、同じことを生まれ変わって再チャレンジしなきゃいけなくなる。

また、苦しむの?

めんどくさくない?また、同じこと経験し自殺したくなる?

それよりも、例えどんなに苦しくとも、何を気づけば良いのだろう?と いう視点を持ち、

周りの協力も仰ぎながらでも、生き切ることが大切です。

もちろん、自殺する人にそんな余裕はない!当たり前です。

余裕がなくなる前に、協力を仰いでください。

自ら解決できなくとも協力は仰げます。

それは、あなたの「いのち」に対する最低限の責任です。

また、

「苦しいということは、もう気づけますよ!あと少しですよ!」というサインでもあるのです。

 

「苦しいんだね!おめでとう!これで気づけるね!」

 

あなたが、あなた自身で気づくために組んだカリキュラムです。

自分の性質を良く知っていて、こういうことが起こったらいい加減に気づくだろう!という

意図を持って自分で組んだカリキュラムです。

 

その経験内容に、嫌な人が出てきたら、
それは、あなたが
「今生で嫌な役を引き受けてくれよ!お願いだから、、、」と
頼んでいるに過ぎません。
なぜ、嫌な役をお願いしたのでしょう?
しかも、嫌な目に合うために。


「ひょっとして、どM?」


そんなこたぁ〜ございません(笑)


それは、生まれ変わる前のあなたが、
今生のあなたに気づいて欲しいことを
人を通じて知らせるため。
つまり、自分で目覚まし時計をセットすることと同じです。

このままの状態であなたが生きていったら、
あなたにとって大切なことを
気づくこともなく人生を過ごしてしまうことを自らに知らせるため。

 

嫌な(役の)人はその為のメッセンジャーなんです。
そういう人って、あなたが気づけば、目の前からいなくなったり、
ガラリと人が変わったりするものです。
だって、あなたに気づかせるという役割が終わったので、
嫌な役割を演じ続ける必要がなくなったから。

 

宇宙は無駄なことはしませんし、
嫌な役割を演じている人も
何らかの目的をもって嫌な役割を演じ続けるという計画をしてこない限り、
嫌な役割はエンドにしたいはず(笑)


なぜなら、生まれる変わる前に、すでに、、、
み〜んな愛や調和が大切ということは分かっているから。
三次元の視点からいうと、生まれ変わる前は、
みんな悟っているから。

は〜い。

みんな仲良くいきましょう。

 

※メッセンジャーは嫌な人ばかりじゃないので悪しからず(笑)  

この世への思ひ

 

かりそめの

 

姿とどめて

 

涙(なだ)流す

 

思ひを込めた

 

随神(かんながら)かな

 

 

(趣旨)

みんな個性を持った星の代表。

しかし、それぞれの個性の残酷なほどの純粋性により、

傷つける意図もないのにお互いに傷つけてしまう。

火と水のように。

そこで、仮の器(人間)に、自分の個性の代表として、

魂を入れました。

それは、ほんの仮の姿。

本当は、ありのまま、ありのままの姿でいたいのに、

仮の姿(人間という肉体)で喜怒哀楽を味わう。

辛いことにも耐えながら。

歯を食いしばることもあるでしょう。

しかし、私は、知っています。

なぜならば、自分自身の辛いこと、哀しいことも、

愛に繋がることを知っているから。

様々な経験を積む中で、自分を知り、相手を知る。

そうしたら、相手をあるがままに尊重できる愛の世界を

築けるかもしれないという、はかない願いに、私は懸けた。

私の魂のなすがままに。あるがままに。

認知症を違う角度から

 最初に、今から書き記すことは、なんら科学的根拠のないものですので、

ご了承くださいませ。

 

「認知症」とは、正常であった脳の知的な働きが、後天的な(生まれてから起きた)いろいろな病気によって、持続的に低下した状態のことです。

 

私見ですが、認知症とは、私たちがいう「日常」に

チューニングが合わなくなった人のような気がします。

語弊がありますが、ラジオの周波数が合わせにくくなった状態です。

 

原因は、いろいろと挙げられてはいるものの、

はっきりしないと言われています。

私は、過去における過度のストレスが原因のような気がします。

 

人間には、感情を仕舞い込むファイルがあり、

自分の本質に向き合わず生きてきた場合、ストレスをため込み続け

そのファイルに入りきれなくなり、ファイルが壊れて中身の放出が

始まることが、認知症のような気がします。

そのファイルの中には、いろいろな感情ストレスが入っており、

場合により、Aという感情ストレスとBという感情ストレスが

結びついて関連性がないようなものになっている場合もあります。

ですから、私たちがストレスの内容まで理解しようとすることも

難しいのです。

表出する行動・発言等は複合的であることを理解することが大切です。

 

認知症は、それまでため込んできた感情ストレスを

放出するものですから、放出し続ける限り、周囲は否定せずに、

ありのまま、そのまま温かく見守る必要性を感じます。

ストレスの原因は、時代的背景(制約)・男女の性差・自分の感情を無視して

「べき論」で生きてきた方、、、様々でしょう。

 

温和だった人が、発症して怒りっぽくなった場合、

今まで生きてきた中で、怒りを自分の中に

ため込んできた人と思われます。怒ることは駄目だ、

ぐっとこらえて我慢しなきゃ!

怒ることは人格的ではない!等。 

 

 

私たちが本来ならばできるはずの「今ここ」を生きている方が

認知症の方々なのです。

(抑えつけない限り)「今ここ」で感じたことを表現するのです。

そういう意味では、「過去における今ここ」をも含めて、

取り戻していらっしゃるのかもしれません。

 

人間は、エネルギー体の上に、肉体をまとっています。

エネルギー体の歪みは、肉体という身体に影響します。

※怒りというエネルギーは、腰に溜まります。

温和なのに腰が痛いという方は要注意!(笑)

自分の中の怒りという感情を無視して温和に振舞って

おられます。 

 

「今ここ」をいつも意識して生きれたら、

毎日がワクワクになることでしょう。

「今」、心地良い方、ワクワクする方を意識して

選び取ることが 大切です。

 

あなたの感情は「あなただけのもの」で、

人に譲り渡す必要は全くないことをまずは、知っていただきたいです。

 

今生に「悟り」というものがあるとしたら、

温和や人格的になることではなく、

怒ったり、泣いたり、笑ったり、

様々な感じ方をし、表現する自分をありのままで、

そのままでいいんだ!と受け入れることです。

 

この世には、喜怒哀楽という経験値を積みに生まれてきているだけで、

そこには善悪という二元性は元々存在しないのですから。

味わうと決めてきた感情を経験するために、現象は起こります。

よって現象(事柄)にも善悪はありません。

善悪という判断を下す私たちがいるだけです。

 

つらくったっていい、だってつらいという経験値を

獲得できているのですから。

なるべく自分を大切にしながら生ききろうよ。

 

キーワードは「今ここ」ですよ!

口蹄疫

 食に対する人間の姿勢が問われていると思います。

家畜=食べ物の図式が崩壊する時期。

これからも、シグナルは続くでしょう。

いのち、命、いのち。

食べるための命ではなく、

生きるために最小限の命をあり難く頂く、、、。

昔に帰れ!

日本よ!

世界よ!

複雑ながら、神の国宮崎より始まる、、、か。

 

 

語弊はありますが、根本から概念を変えないといけない時期です。

必要なものを必要なだけ頂く。

食も多様性の一つ。

しかし、必要以上に命を奪う必要はない。

自然の動物に糖尿病はない。

 

なぜか?

 

必要なだけ頂いているから。

 

ライオンの狩りを見て残酷に思いますか?

 

大量消費のために、たくさんの命を生産?して

大量に奪うことを人間はやってきています。

 

残酷ではありませんか?

 

動物にも家族があります。

人間と同じように。

 

 

少し考えてはみませんか? 

ニュートラル・自分の中心にいること

 自分の中心にいることが大切です。(ニュートラル)

人間の身体で例えるなら、まっすぐに立っている状態です。

まっすぐに立っていれば、生きたい方向を向いて

すぐに歩きだせるものです。

善悪の二元論を用いるとするならば、

「自分にとっての」善悪を超えた真ん中にいることです。

善が良いという価値判断を自分で与えて、

善の方ばかり向いているとバランスが悪くなります。

もちろん、逆もしかりです。

また、そもそも、、、善も悪もないのですから。

 

自分にとっての心地よい真ん中を探してみましょう。

身体が心地よいかどうかで物事を決めてみてください。

あなたのニュートラル(中心)は、あなたしか探せないのですから。