何のために生きるの?

 「人は、何のために生きるの?」

 

人の役に立つため?地位を得て評価されるため?

 

答えは、いたってシンプルです。

「本来のあなた自身になるため」に生きています。

今のままでも本来のあなた自身であるのですが、

より適切に表現するとすれば、本来のあなた自身を生きるためです。

そのために、自分はどういう能力を持って、この世の中に生まれて

来るかも自分で決めています。

数ある能力の中で、どの能力をチョイスし、この世の中に

持ってくれば、あなたらしく生きられるか。

ですから、誰それが、持っている能力を羨んでも

意味がありません。その人は、自分自身を生きるために

その能力を選んで来たに過ぎませんし、

羨ましく思うことも、社会的に評価される能力として、その能力を

見るという色眼鏡がかかっているだけですから。

 

自分らしく生きていないと思う人には、

ややもして、当人にとって問題が生じます。

その問題は、メッセージで、

「自分らしく生きていませんよ〜」と言ってきます。

気づきへのメッセージに過ぎません。

その問題は、どんなに嫌で苦痛で、のた打ち回る程の問題であろうと、

問題ではありません。一種の幻想です。

 

気づいていないことが問題なのです。

 

気づいていない度合いで、起きる事柄の深度が変わります。

小さなノックで、気づかなければ、大きなノックが必要なことと同じです。

その時は苦しいけれども、大きな視点では、あなたのためです。

 

問題が起こるということは、

裏を返せば、この世に持ってきた能力を生かせてない状態です。

 

ここで面白いことを伝えます。

当人が解決できない問題は、起こらない、起こりえないということです。

しかも、その問題を解決するためには、

この世にあなたがチョイスして持ってきた能力を使う必要があります。

使えば、解決できるようになっています。

つまり、自分で持ってきた能力で問題を解決する過程で、

気づきが生じるということです。

新たに自分の能力に気づけるでしょうし、

その能力は問題を解決する以外にも使える能力です。

つまり、自分が自分らしく生きるために必要な能力として

使っていけるのです。

自分らしく生きたら、ありのままでいられます。

他人から何かを求めようとせず、

他人のありのままを尊重できるようになります。

 

一言、自分のありのままを満たさずして、

他人のありのままを尊重は出来ないということです。

 

まずは、自分に優しくありのままに生きましょう。

問題は、メッセージが豊富に含まれている宝物ですので、

何に気づけばよいのか?

視点を変えてみるのも良いでしょう。

 

すべては、幸せのために。

あなたは「幸せである」だけで良いのです。

物にも意思がある

 物にも意思があります。

 

物という物質は、波動で出来ています。

波という動きがあるところには、意思が存在します。

物が壊れたり、無くなったり、新しい物があなたの手に入ったり、、、。

 

すべてに、意味があります!

 

あなたの意図とその物の波長が合った時に、手に入ったりもします。

 

何が言いたいかというと、物だから乱雑に扱い、

生き物だから丁寧に扱う・接するという区別は意味が無いということです。

 

 

根っこは、波動で同じ。

 

 

人間も、動物も、物も同じ波動で出来ています。

さて、その事実を知ったあなたは、どのような感想を持ちましたか?

 

 

結局、あなたの心のあり方が外側の世界を生み出しているという

理解へのヒントになりませんか?

地球が動き始めました

 地球も、一つの意識体。

 

信じても、信じなくても良いけどね。

 

 地球が目覚め始めてきています。

 

そして、本当に人間にとって

何が大切なのかを身をもって教えてくれます。

 

 経済・宗教・仕事・時間と空間の概念、、、。

 

すべての信じ込みが、ゼロベースに戻るチャンスです。

 

 本当に、何が大切だったのか?

 

私たちがしがみついて来たものが、本当に必要だったのかを含めて、、、。

 

人間が積み重ねてきたものは、

皆を幸せにしてきたのか?

 

 根っこから、感じてみませんか? 

 

ほんの少し急ぎましょう。

 

 自分自身がハッピーになるための整理を!

 

悟りなんて意味がない

 悟りなんか意味ありませ〜ん。

 

「悟りたい!」

 

どうぞ、どうぞ、

無意味な行為を存分におやりください

(→本日は毒舌なり)

 

人は、元々最初から悟っています。

→あ、この世に生を受ける前の話です。

そのことを生を受けた後、忘れるだけです。

 

さて、忘れることにも目的があります。

 

なぜ、悟ってることをわざわざ忘れて

 

生まれてくるのでしょうかねぇ〜? 

 

答えは、他の記事のどこかにあります(笑)

 

地球での人生は学び合い

 あなたは、肉体という器に入って、

色んな人間同士学びあうように出来ています。

 その器に入っている私って誰?

 

「さぁて、誰でしょう?」

 

誰だっていいんです!

私が誰なのかが大事なのではありません。

 

誰だか解らない私がどのように喜怒哀楽を感じるかが大切なのです。

 

 昨今、 近親間での殺人が増えてきていますが、

誤解を恐れずに言うならば、これもひとつの学び合いなのです。

 学び合いの最初の最小単位が、家族です。

家族内で見たくなかった問題やテーマから逃げたら、

社会に出て、人を変えて同じような体験をします。

クリアするまで、一生テーマからは逃げられませんから。

 

 さて、話は元に戻しますが、

人を殺すことにより、人は何を学ぶのでしょうか?

それも、人それぞれです。

それは、動機という喜怒哀楽の感情が人それぞれ違うことと同じです。

 大きな視点で言うならば、それも「愛」のためです。

小さな視点で解釈するならば、私は、とんでもないことを言っているおかしなやつだと

なります。個人の尊厳を陵辱する人間になります。

 

 ここでは、善悪の概念を超えたところでの話であることを

前提としています。ご理解ください。

 

 自分にとってどんなに嫌で苦しい学び合いでも、学び愛へと繋がることを

切に願っている今日この頃です。

 

 

「愛を持って物事を解釈する視点」を持ちたいものです。

 

 

あなたは自分が欲しない感情そのもの(憎しみ・哀しみ・恨み等)になり

苦しむ必要もないのです。

 

あなたは、「愛をハートの中心に持っている存在」であることを知りましょう。

 

その証拠を示せって?(笑) 

 

そんなものどうだっていいんです。

 

ですが、、、

じゃあ、ほんの少しだけ。

 

 

「愛を持ってるから、苦しいんでしょ?」

 

 

愛のある存在が無自覚で必死に役割を演じているんです。

愛とギャップのあることを勇気を持って、、、。

それを知っていたとしたら、あなたや周囲はどれほど愛しい存在であるか?

 

今は、頭の片隅にでも置いといてくださいな。