命の刀

 

私は触れるすべての物を切る剣にはなりたくない。

 

 

 

ある時には切らなきゃいけないときもある。

 

 

 

その時は、心を込めて切り、これが最後になりますようにと
祈りながら切る。

 

 

 

誰も命を奪いたくなんか無い。

 

 

 

 

例えそれが人間が一方的に食べ物と決め付けている
生き物たちでも。

人生のテーマをクリアする方法は2つある


@辛いことや苦しい出来事が起こっても逃げずに身を削りながら
あ〜だ、こ〜だやりながらひたすら辛抱してクリアする方法。
外側に付いた垢を外側からカリカリと削り落すイメージ。


A辛いことや苦しい出来事が起こったら、出来事に対する知覚を変えて
逃げずにワクワクしながらクリアする方法。
外側に付いた垢を内側から落とすイメージ。

 

 

どちらを選んでクリアするかです。
ただし、両方ともに共通していることは「逃げずに」です。
逃げても当人のテーマはクリアするまでは、
ついて回るだけですから。

修行と悟りと身体

 

修行を辞書で調べてみますと

修行・・・・・悟りをめざして心身浄化を習い修めること

とあります。

 

修行の一つとして、苦行と言われる滝行があります。

 

目的は様々だと思います。

 

開運・精神を強くする・身を清めるなど。


ただ、悟りを目的とした滝行は意味ありません。


 

滝行自体では悟れません
そもそも、日常生活の人間関係の中にこそ
学ぶテーマがあります。

 

 

霊的な問題があるとして、
憑き物落としとして滝行を行って、
今、憑いている物が一時的に落ちたとしても
また、憑くだけです。
その人間の心が変わらない限り。
引き寄せの法則・類は友を呼ぶです。

 

 

啓示を受けたという人は
滝行の中で身体の感覚が麻痺することにより
どこかには繋がる感覚を得ることはできますが、
繋がる先は、、、、、
結局は、今の自分の人格と同等レベルの意識体にしか繋がりません。
自分以外の外側に自己の価値を上げてくれる何かを
求める場合に起こりやすいです。

 

 

もう一度繰り返します。
修行というものがあるとすれば、
日常生活の人間関係の中にこそ、あります。

 

 

また、悟りを求めるという「思考」を
持っていると永遠に悟れません。
悟りを「求める」=悟りと一定の距離感を持ったまま
求め続けることになります。
悟りと永遠に一致しない(笑)

 

 


ま、元々みんな悟っているんですが。
思い出せないだけで、、、、、、。
身体も元々悟っていますので
身体を感じながら動くと上手くいきます。
身体が心地良いかどうかで選択すれば
良いのです。

 

 


身体はいつも教えてくれてるじゃないですか?

 

 

 

必要以上に命を奪う(食べる)と、
太ったり、病気を起こしてメッセージを伝えてくれるし。

これ以上、必要ないよって!

必要のない命まで奪わないで!って。

 


必要以上にストレスを抱え込むと、
体調不良等でメッセージを伝えてくれるし。

 

 


身体は調和や愛を教えてもくれてます。
共存共栄。
肉体という宇宙が調和していなければ、
身体は身体として動いていません。
各種臓器も各々の役割を持ちながら
全体を支えあっています。
個性を奪うことなく。
心臓が、肝臓の役割を奪ったり
領土拡大しないでしょ〜?
そんなことするの身体に学ばない人間ぐらいです。

だから、不調和の象徴のひとつとして

ガンという病気で教えてくれたりもします。

身体の命まで奪うほど領土拡大する。

そして、ガン自体も最終的には自滅する。

共存共栄を見失った

人間の愚かさを教えてくれている。

 

 


身体は単なる魂の器であるというのは嘘です。
魂が成長するためのサポーターの役割を担っているのです。

 


身体の声を聴いていきましょうねぇ〜

ゼロサムゲームは上手くいかない

 

参加者全員の得点の合計が常にゼロである得点方式のゲーム。
一方が得点すると他方が失点するため、
全部の持ち点の和が必ずゼロになるというゲーム理論。

 

 

今の経済は、ゼロサムゲーム。
誰かが得すれば、誰かが損する経済システム。
損した人と得した人を足すとプラスマイナスゼロになる。

 

 

エネルギーで見ると、
一部にエネルギーが集中し、蓄積され
その他からはエネルギーが流れ出ている状態。
エネルギーの総和はゼロ。

 

 

ゼロサムゲームの中で、富を集中させようとしたら
富になる元を何処かから持ってこないといけません。
一枚のピザを奪い合うゲームです。

 

 

これからは、奪い合う経済システムではなく、
共存共栄のシステムに大きく転換していかなければ
ならないような気がします。

 

 

今の社会の指標に基づいての
格差を生み出す社会ではなく、
個性を富としての違いを尊重する社会。
その個に必要なエネルギーを適切に必要なだけ
ワクワクに遣っていくと誰もがプラス。

 

 

バランスを保ちながら総和が
適切な段階(足るを知る段階)まで増えていく。

 

 

すでに崩壊したゼロサムゲームに
格差を造るために今から参入するか、
自分が本当に大切と思うことを
真っ正直に生きるか?

 

 

今は、信じられないかもしれませんが、
今後、これが波に乗るということに繋がります。

 

 

もちろん、エゴとは別段階の話です〜。

行動が変わるスイッチ

 

 

遺伝子にスイッチが入らないと
行動が変わらない。

 

自己啓発本を繰り返し読み、
無駄に明るく元気なセミナーにせっせと通い、
いくらプラス思考をしたって、

 

「勢いだけの瞬間湯沸かし器的プラス思考」

「迷いながらのプラス思考もどき」

 

で持続力がなかったり、

「あ〜でもない・こ〜でもない」と疲れてしまいます。

 

さて、そのスイッチとは何でしょう?

 


そのスイッチとは「気づき」です。

 


スリーインワンのセッションでは、
「気づき」というスイッチを得られます。

 

 

「気づき」さえ得られれば、
あなた本来のパワーにスイッチが入り、
行動を変えていけるのです。

 


さて、まだ
エンジンというスイッチを入れずに
勢いよく何度でもアクセル踏んで
必死に前に進もうとしますか?

 


ありのままのあなたでいられる
スイッチ!入れてみませんか?