信じ込みという制限

 

信じ込みには良いも悪いもありません。

 


何かを経験する為に信じ込みを必要とする場合もあります。

 


ただし、必要なことを経験し終わったら
その信じ込みは不要のものとなりますので、
いつまでも持っている必要はありません。

 

 

信じ込みは、何かを経験する為に、
すべて「自分自身で」創り出しています。

 

 

逆に言うと、自分自身で創り出したものだからこそ、
その信じ込みを手放すこともできるのです。

 


よく過去につらい思いをしたから、信じ込みが出来上がったという
考え方もあります。

 


逆です。
その信じ込みがあったからこそ
そのつらい出来事を引き寄せたのです。

 


しかもそれは悪いことではなく、その「つらい」という
感情を味わうためなのです。

 

 

味わうことにより「何か」に「気づく」為なのです。
逃げずに味わいきればその経験は卒業です。

 

 

卒業したらその信じ込みは不要になりますが、
なかなか手放すことができない方も多いのです。

 

 

それは、その信じ込み自体が自分だと信じ込んでしまった場合です。

 

 

あなたは一時的にその信じ込みを何かの目的の為に
活用しただけで、信じ込みをあなたと同一化する必要はないのです。

 

 


あなたはあなた。

 

 

信じ込みは、信じ込み。

 

 

別物です。

 

 

そのことを意識して生活してみたら
良いかもしれまんね。

半分は信用しているよ!の嘘

 


どんなあなたでも100パーセントご自身を信用しているから
「あなた」は存在します。

 


信用していなかったら存在できないのです。

 

 

あなたが、「今ここ」にいるということは
その存在自体を100パーセント信用していることを意味します。

 

 

その純然たる存在(ただそこにある)の上に
あなたにとって好ましい状況や望まない状態を
形作っています。

 

 

例えば、あなたにとって望まない状態が現実化しているとしたら、
それは望まない状態を100パーセント信用している証明になります。

 


100パーセント信用したものが現実化するのですから。

 


「いやいや、私は望まない状態は51パーセントしか信用していないけど、
49パーセントは好ましい状況を信用しているぞ!」

ということをおっしゃる方がおられるかもしれません。

 


しかし、100パーセント信用したことが現実化するのですから、
「現に」あなたの状況が望まない状態であった場合、
望まない状態を100パーセント「あなた」が信用していたことになるわけです。

 

 

それだけ人は創造力を持っているのです。

 

 

意図を明確にし、思いを強く持てば、
その対象は現実化するということです。

 

 

迷っていれば、「迷っている状態そのもの」が現実化し、

もしくは、

迷いの中で「選択肢の中で選んでいなくても」

潜在意識で100パーセント信用した方があなたの現実になります。

 

 

思考は現実化するとはよく言ったものですね。

変わることはつらいこと?

 

あなたの足に「合わなくなった」もしくは「合わない」靴があるとします。

(以下、旧の靴)

 


現に今、合わない靴の横にあなたの足にマッチして「快適な」靴があるとします。

(以下、新の靴)

 

 


あなたは、旧の靴、新の靴どちらでも選べるとします。

 

 

 

さて、どちらを選ぶでしょうか?

 

 

 

旧の靴を履いていると、足が痛くなり、自分の本当に行きたいところも
億劫になってしまいます。ですが、時々は痛みを我慢して頑張って
動いていました。また歩く度にあの痛みが生じるのか!と思うと
憂鬱になってしまいます。歩かないことに越したことはないのだが、
生きるためには歩く必要があります。
なるべく痛みを減らすため日常に必要最低限の行動に限定しました。

 

 

 

さて、どうしたものでしょうか?

 

 

 

答えは、「快適な」新の靴に履き替えれば良いのです。
変わることはつらいことと思われがちですが、
本来の自分に変わることは、「快適」なのです。
新しい靴(元々のあなたの靴)に履き替えたら、足が楽になり、

行動範囲も広がり、自分の行きたい場所にも行けるようになりました。

 

 


では、なぜ変わることはつらいと思われるのでしょうか?

 

 

変わることがつらいという信じ込みがあるだけです。
自分ではなくなる気がする、、、等。
※そもそも旧の靴を履いている方は本来の自分ではないのに、

合わない靴の方が自分だと信じ込んでいる方に無理があります(笑) 

 

 


快適な新しい靴に履き替えたら、、、つらそうですか?
確実に楽になっているはずですが?

 

 

楽になるのになぜ履き替えないのですか?

 

 

 

実は、変わることは何らつらいことではなく、
履き替えるという「行動自体」に抵抗しているだけなのです。

 

 

 

強いて表現するなら、井戸の中しか知らないカエルさん。
外には素晴らしくてそのカエルさんの望む世界があるとします。
しかし、井戸から飛び出すという「行動自体」に抵抗し
井戸の外の快適な世界には行きませんでした。
いや、、、行けないものだと信じてしまいました。

行けない理由(障害)は何もないのですが、、、。 

 

 

なぜでしょう?
憧れの外の世界に行くことができるのに!

 

 

そう!一歩踏み出す勇気を出さなかっただけです。

 

 

この勇気一つで結果は、かなり変わってくることは
お分かりでしょう。

 

 

 

自分の日常生活に照らし合わせてみると、、、、、(哀)

この人生は一度きりなのに、勇気も出さないの? 

準備するのは「気持ち一つだけ」です。 

 

 

 

旧靴(窮屈)から新靴に「勇気を持って」履き替えませんか?
危険を予知しなくても良いのです。

 

大丈夫!(笑)

履き替えたら、楽になるだけですから。

 

旧の靴を履いたままの変わらない今の方が危険かもしれません(笑)

 

 


そして、、、、、、

 

 


最終的には、新靴も脱ぎ捨てて不靴(不屈)になれるかもしれません(笑)

 

 

パオ〜ン!

変わるということは、知覚が変化するということ

 

昔は当たり前だと思っていたことが、

 

あなたが決めてきた「何か」を経験することにより

 

当たり前ではなく感じること。

 

見えなかったものが、見えるようになること。
聞こえなかったものが、聴こえるようになること。
昔は感動しなかったことに、感動するようになること。
頑なな筋肉が緩み、涙腺が開放するようになること(笑)

 


そう!変わるということは、知覚が変化するということ。

 


例えばこんなこと。

 


病気を経験して
→人の気持ちを理解できるようになった
→周囲の支えを感じられるようになった
→みんなの優しさに感謝できるようになった
→闘うのではなく調和の大切さを知った

 


経験は人それぞれ。
知覚の変化も人それぞれ。

 


にゃはははは。
→松坂の恥じらい崩壊(笑)

生きるという名の混乱

 

いのち・いのち・いのち

 

 


私は生きている

 

 


いのち・いのち・いのち

 

 


何のためのいのち?

 

 


誰のためのいのち?

 

 

 

しごと・しごと・おしごと

 

 


何のためのしごと?

 

 


地球を汚すためのしごと?

 

 


周囲と競い合うためのしごと?

 

 


競い合って勝つためのしごと?

 

 


純粋に人を思いやらないしごと?

 

 


しごとをするために生み出される新しいしごと?

 


このしごとが
本当に人の役に立っているのか?

 

 


保存料・添加物

 

 


いきる生命そのものを奪う魔法の粉

 

 


魅力的な魔法の粉

 

 


必要以上のお命頂戴!

 

 


そして、必要なだけの命を頂く
肥満無き動物社会を残酷という。

 

 


病を造り出すための食・環境造り。

 

 


成長し続けるのは
癌細胞と同じ。

 

 


癌細胞も哀しかろう。

 

 


成長し続けろと言われ続けて
親を思いながら、狂いながら成長し続ける。
だって、褒められたいから。
親の喜ぶ顔を見たいから。

 

何より、あなたを愛しているから、、、、、、。

 

 

 

 

疲れきって、横たわる。

 

 

 

あぁ、天は青かったんだ!と。

 

 

 

あぁ、僕の周りにも

 

 

 

(歯を食いしばり、涙をこらえて)
うぐっ、、、、うぐっ、、、ひっく、、、ひっく、、、

 

 

 

はじめから、あおぞらがあったんだ。

 

 

 

 


ありのままで良かったんだ。
なんで、気づかなかったんだろう。

 

 

 

 

雲が乗り物だったらいいな。

 

 

 

哀しむ人を生み出さないから。

 

 

 

あぁ〜、蒼穹が身に染みる。

 

 

 

 

僕はあなたのことを深く思いながら
空になりました。

 

 

 

 

 

 

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みんな混乱しながら、統一感を必死に保とうとしながら生きている