自由だったはずなのに、何でこんなことに、、、

 

信じたことが自分の人生を形作る

 

 

そうだよね、、、、、、。

 


今、目の前にある「あなたの人生」は
人から、社会から、その他、、、様々な環境から
作られたものと信じたいよね。
今がつらければ、つらいほど。

 


だけどね。

 


何を信じたかは自由だったはずなんだ。

目の前に色々な考え方や理論が提示されても

信じないこともできたはずなんだ。

何かに関して信じるか信じないかは自己責任なはず。 

人生において縛りつけられ、
自由を全く感じない今ですら、何を信じるかは自由なんだ。

 

 

心の内側は、自分以外の誰も踏み込むことのできない領域だから。


 

一歩外側に出て自分を眺めてごらん。

 

 

制限するのも自分のこころ

 


何かを諦めることも自分のこころ

 

 

自分にとっての物事の良い側面を見ようが
人の悪いところばかり見ようが、それも自由

 

 

つらさを人にぶつけようが、
別のイライラを他のイライラに転換し
大切な人や周囲の人に当たり散らかそうが、それも自由

 

 

つらさに学びのエッセンスを見い出そうが、
イライラから知らない自分の側面を発見し、
情けないありのままの自分を勇気を持って受け入れようが、それも自由

 


苦しみや哀しみを、他への優しさへ転換しようが、それも自由

 

 


そう、信じたことがあなたの人生になる。

 

 


あとは、信じたことの責任を引き受けるだけ。

 

 


あなたが植えて育てた果実をあなた自身が受け取るだけ。
出来事にはすべて理由があります。

 

 

本当は、何を受け取りたいのかな?

何かを伝える際に、、、

 

まっすぐな思いを伝え、後は、相手にお任せすること。

 

 

ウソや偽り、コントロールしようという意図のない
まっすぐな思いを伝えることだけで、あなたのお仕事は完成です。
後は、相手の範疇です。相手が自己責任で選ぶ領域です。

 

 

相手の反応(結果)まで
自分の願いに適うようにコントロールしようとしないこと。
コントロールしてしまうと、相手の自由という側面の個人の尊厳や
本来持つ個性を潰しかねません。

 

 

どんな理由であれ。

 

 

社会はこうだから、こうしなさいとか。
親の言うことを聞いていれば間違いないからとか。

 


あなたが相手に求めるものは
本当は自分が欲しいもの。
欲しかったもの。
抱えている痛みを隠すもの。
すでに痛みを上手く隠しているもの。
(隠しているように見えるもの)
隠し続けるために、頑張っていること。

 

 

 


親の愛が欲しくて必死に自分以外のものなろうと
頑張っても、、、叶わなかった痛み?

 

 

幼いころの家庭環境で馬鹿にされ、傷ついた痛み?

 

 

引っ込み思案で、人と仲良くできず、
地位や物が人との接着剤と信じ込んでしまった痛み?

 

大切な人を亡くしてしまった痛み?

 

 

本気になっていたら、
もう少し自分には何かできたはずという
後悔による痛み?

 

 

 

何かのために、こころを譲ってきた
優しさを持った方々です。

 


痛みを上手く隠せたパッチをあなたにもどうぞ?
だって、つらい思いを「あなたには」させたくないもの。

 

 


一時的・対処療法的パッチ
⇒効能:痛みを感じなくさせてくれます。
しかし、効能が切れた時に突然起こる痛み(出来事)、
傷に対処せざるを得なくなります。
傷口は化膿して、さらに別の痛みを生み出します。
活用したとしても、早めに対処しましょう。

 

 

 

今の社会構造になじまなくても、
こころが楽に生きれるかを大切に、、、。
時代により常に変化し続ける社会の評価ではなく、
「幸せ」を感じるとか、、、こころが大事です。

 

 

 

13年間連続で3万人以上の自殺者を出しているこの国

競争社会という構造にこころを捩じられることを許してきた社会

繊細でこころ優しき人々を自殺という避難場所に追いやっている私たち

 

 

 

「幸せ」を自分で決めるためにも、
自分の責任を飛び越えないようにしましょう。
そうしないと、自分の叶わなかったことの責任を
良かれと信じ込んで周囲に取らせようとしていることになりかねませんから。

 

 


あなたの「幸せになる責任」はあなたの責任で!
他の人も「自分なりの」幸せになる責任を持っています。

 

 


「幸せの形」も個々に違うのですから。

 

 


独り言:みんながサトリだったら、
本音丸見えで、例え一時的に荒れたとしても
「人とはそんなもんなんだ!」という落とし所ができ、
スッキリ生きられるんだろうなぁ〜。

 

 

 

*サトリ…思っていること全てを見透かす妖怪

人の格差付けゲーム続けますか?

 

自分のことを善悪で判断しないならば、
あなたはあなたのことを善悪で判断しない
パートナーを見つけることでしょう。
パートナーを欲しければの前提での話ですが、、、。
あなたの内心が外側の現実となります。

 

 


善悪で判断しない。

 

 


つまり、愛がそこにあるのです。
自分のありのままを愛せば、
あなたのありのままを愛する人が現れます。

 

 


何かをするから人の価値が、上下するなんて、、、。
どう思いますか?

 

 


仕事ができるから、その人の価値が上がり、
仕事ができないと価値が下がる。

 

 

 

常連さんだから、特別扱いし、必死に働いて月1しか行けないがお店を愛する

お客さんが訪れても、そこにはお金の落とし方で差がつく。

 

 

 

賞をとったから、価値が上がり、
自分なりに精一杯頑張っても賞をとれない人は
価値が下がる。

 

 

稼ぐから、結婚の一条件で評価され、
稼がなくても実直な人を結婚の条件としてはじく人もいる。

 

 

自分の求めることに応えてくれる人の価値が上がり、
応えてくれない人の価値が下がる。

それが、別れの条件にさえ、なる。


 

どんな事情を抱えているにせよ、
結果で判断する。

 

 

価値観はもちろん多様性の中にあります。

 

 

産まれる前の診断で、
障碍児の可能性が強いから、中絶し、
五体満足なら産む、、、。

 

 

すでにジャッジは始まっているんです。

 

 

その前に、起こることには100%理由があるということ
無視して、、、。

 

 

あなたの為のあなたに気づいて欲しいメッセージを無視して。

 


私たちはみんな宇宙人で、仲良くするために
実験台になった勇気ある存在なのです。

 


仲間同士で争ってどうする?
何が生まれる?

 


大きな視点で、、、。

 


みんなで笑いあおう。

 


切ない思いを持って同意した約束を思い出す時期です。

気持ちという思いをどれだけ込めたかだけが大切です。 

個性による判断

 

自分が自分の個性に従い判断することは、
善悪の判断ではなく、自分という個性を生存させるために必要な判断です。

 

 

要は、自分に必要な判断は通すにしろ、
相手の判断も尊重するということです。

 

 

ありのまま同士の判断を尊重し合う。

 

 

それがぶつかり合うのならば、
ぶつかり合わないボジショニングを取るだけなのです。

 

 

火と水が直接触れ合うと消しあう。

 

 

 

しかし、適切な距離感を保つと、お湯のような新しいものを生み出せるのです。

 

 

生かしあえるのです。

 

 

どんなに反対の性質であれ、自分の生存の死の怖れから、

相手を潰しにかからず、尊重し合えばこそ、調和が生まれるのです。

高次元からのメッセージにはご注意を

 

高次元の存在……個性において純粋性が高い存在、
つまり、純然たる個性を持った存在です。

 

 


高次元の存在(意識体)にも様々な個性を持つものがあり
その「個性において」完璧なのです。

 

 


高次元の存在からメッセージを受け取れていたとしても
それは、その個性に沿ったメッセージです。

 

 

世の中様々なメッセージで溢れていますが
メッセージ同士が相対するものもあります。

(※そのメッセージには受け取った人の独善的解釈が
入っていないものと仮定します)


 

 

なぜならば、高次元でさえ、統合出来ていないのですから。


 

 

確かに、個性においては、まざりっけなしの純粋性を
持ちますが、相対するものに対して対立さえします。

→人間社会は宇宙の縮図です。

 

 


ここでの統合とは、ひとつにまとまるということではなく、
違う個性が存在しながらも、調和の出来ている状態のことをいいます。

 

 

私たちには、それぞれの高次元の意識体のエキス(エッセンス)が
入っています。
よって、考え方や個性が違うのです。


その違う者同士が地球上で個性をありのままに
尊重し、調和できれば大元の高次の意識体も他の意識体と
調和していけるのです。

 

 

 

人間の存在する理由はここにあります。

 

 

 

そして、それはシミュレーションなので
「基本的には」干渉できないルールとなっています。

 

ですから、高次を追いかけるのではなく、
「今ここ」で自分の内側から答えを
貰うことの方が大切なのです。

 

 

だって、それぞれの答えは個性の下に
「それぞれ」違うのですから。

 

 

他の個性のルールに本来自分の持つ力を明け渡すことが
無力感を感じさせるような支配につながります。

 

 

皮肉にも愛という「言葉」は
いろいろな手段を通して、
高次や神の名の下に、
メッセージとして
ずっと昔から語られ続けられてきてはいるのですが、、、。
高次元の波動に下位の波動が従うのならば、
すでに愛の世界のはずなのです。

 

 

 

肉体を持っている私たち個々の統合こそが、
高次元の意識体の統合へと繋がる鍵なのです。

 

 

 

互いの個性・ありのままを尊重しながら
調和できる社会を目指して……切なる願いを込めて。

 

 

 

みんなが調和を模索し続ける開拓者なのです。