切り取る

人ってどこかで切り取らないと表現できない。
絶対的な赤色がないのと同じように
人によっても見え方さえも変わってくる。

切り取られた表現の裏にある補完は、愛で行おう。

それが痛みの表現であったのなら、何をするのでもなく
それがそのまま出つくして癒されるまでそっと感じて寄り添おう。

 
言葉で切り取られた背後にある広大な愛を愛でていこう。

 
 
楽になっていいんだよ
ワクワクしていいんだよ
そのままでいいんだよ
ありのままでいいんだよ
もっと自分を許していいんだよ

 
この言葉すら、時にはこころをえぐってしまう道具にもなる。

 
物語はその要素を含んだ驚くほど自由な世界。

 
だから、僕らは相対性の中で「存在という尊厳」を
感じるために、この地球にきたよ。

 
最後に、皆で描いた愛という大きな絵・作品を
一時的に去って行った人たちにも見せることができたらいいな。

 
ワンピース=ワンワールド=ワンラヴ

 
ありがとう

チンチクリン

髪の毛切って「ちんちくりん」になりました。


「ちんちくりん」という竹林があったらいいなぁ〜と思ったのですが、
妄想の中の住人にならぬよう撤回いたします(笑)


さて


チンチク林では、珍竹林という人が村長をやっています。


この林の住人の方々は、建物に関しては一流の技術を持っています。

 

「新チク!改チク!増チク!」(読むテンポが大切です)

 

こと男性に関しては一人親方気質の方が多く
タケダケしい性格です。


女性に関しては、その親方を支えるべく地面に根をしっかり張って
生活を守っています。
竹を割ったような性格も地域性をよく表しています。
時折、あまりにも、、、ということがあると、チクチクはしますが。


この地域では初春の季節に合わせて子供が生まれる傾向にあり、
林には、赤ちゃんの声がこだまします。


「バンブー・バンブー」と。


いよいよ、着地点が難しくなって参りました(笑)

 

それっ!みんなしあわせになぁれ〜〜〜!(なげやり)

 

妄想の中の住人にならぬよう撤回したこと自体が妄想でした。

 

妄想だけ(孟宗竹)に〜〜〜♪

 

にゃはははは。

 

にゃ〜〜〜ん。

 

※孟宗竹は、冬に母の為に寒中筍を掘り採った三国時代の人物、孟宗に因む

体感は

その人の体感こそがその人の真実

許す

大事な人にどれだけの自由を許すことができるか。

 

許さなくても、結果として、やらかす人は隠れてでもやるし、やらかさない人はやらない。

 

そしたら、どう接したらよいのだろうか。

 

あとは、自由と責任のバランス。

善悪

 

本来は善悪のコンセプトは、人の存在を尊重したり、

 

思いやりを持つための「ひとつの」ツールだったんだなぁ、と。

 

そのひとつのツールに長年の使用の中で、頼りすぎて力を与え続けてきたので、

 

ツールの誤用やツールで解決しないことを、

 

(自分の痛みやその集合体が生み出した社会の中での痛みをそこに投影させながら)

 

 さらに創り出してしまったような気がしています。

 

そのツールがないところで、ありのままの状態で、思いやりが持てたらいいなぁ。

 

ツールさん、今までありがとう。