歯は何のためにあるの?

 歯は何のためにあるの?

おいしく物を食べるためにある!

 

確かに今、メインはそうかもしれません。

 

しかし、本当は、言葉を語るため、歌を歌うためにあるのです。

これから、時代が変化していくにつれ、分かってくることと思います。 

 

言葉の力、歌の力。

 

言葉により、歌により、人は豊かになることができます。

食べ物で、豊かになった結果が病です。

 

言葉、歌は人を生かすことができます。

同時に、人を殺すことさえもできます。

 

それは、言葉・歌はパワフルであることの証明にもなります。

歯は、その表現である音の調整のある一部を担います。

 

噛むことではなく、美しく語るための歯、表現するための歯という

視点を持つことも楽しいかもしれませんね。

 

噛むことを止めて、言葉や歌を表現する世界がいずれ来るのかもしれません。

歯という漢字は、米の入った米びつから、食することを止めると書きます。

 

さて、あなたはどう捉えますか?

命を懸けたプロの役者たち

 

 人生において、みんなプロの役者なんです。

 

様々な役割をプロの役者として演じきり、この世を卒業していきます。

一般的にいう良い人を演じる人もいれば、中には、悪者を演じる人もいるのです。

 

なぜか?

 

人との係わり合いの中で、様々な喜怒哀楽を味わいきるため。

言い方を換えるとすれば、お互いに学びあうためです。

だから、悪者を演じた人にも、嫌かもしれませんが【笑】

ありがとう!という感謝の気持ちがあってよいと思います。

あなたに、何かを気づいて欲しいがために、嫌がらせしてくるのかもしれませんし、、、【笑】

 

よくドラマや時代劇で悪人役ばかりやる役者さんもいますが、

たまたま町で当人にあっても、あれは、演技だから本人の性格とは関係ないと

割り切れます【笑】

中には、ドラマ等にのめりこみ過ぎて、「あのやろ〜!」と思ってしまう人も

いるかもしれませんが、 冷静にすぐになれます!

 

この世の中に存在する人すべてがプロの役者さんだったら、

いかがでしょうか?

 

許せるでしょ?【笑】

もしくは、許すことができそうな心の余地が増えるでしょ?【笑】

 

さて、あなたは、どんな役をやろうと決めて生まれてきたのでしょうか?

 

考えてみても、ワクワクするかもしれませんね。

この世の中には、大根役者は存在しません。

大根好きな役者はいるかもしれませんが【笑】

 

実は、私、この下手なギャグも演じているのです!

そういうことにしてください!

そういう優しいあなたの演技にも感謝です!

 

では、さらばじゃ!

病気、病気、病気=不摂生?寿命?気づき不足?

 病気には意味があります。

 

1.身体のケア不足による病気

2.学びのための病気

3.寿命による病気

 

この中で、自分の力ではどうにもできないものは、 

3.寿命による病気

これは、自分で生まれ変わる前に、「何らかの意図」をもって決めてきています。

結果として、「死」に直結する病気です。

それは、自身の学びの終わりかもしれませんし、同時に、関係者への学びへのメッセージを

含むものかもしれません。はたまた、期間を決めて遊びに来ているのかもしれません。

 

1.身体のケア不足による病気

これに関しては、何も述べる必要はないと思います。

きちんと、身体のケアをしていないがゆえに、病気になったということです。 

 

2.学びのための病気

これは、あなたは何か大切なことに気づいてないよ!

気づきなさい!というかなり強めのメッセージです。

この病気は、原因が「気づいていないこと」です。

つまり、気づいて行動すれば、この病気は無くなります。

病気の重さは関係ありません。

いわゆる重病の人が、一般的表現として、奇跡的に助かったと言われるのは

この部類に入ることが多い気がします。

 

■病気をして、初めて何々に気づいた!

■病気をして、あの人は人が変わった!

ということも多いと思います。

 

語弊はありますが、

病気になるまで、大切なあることに気づくことができなかったという

自分の責任になります。

その「大切なあること」は人それぞれ違います。

 

その病の前段階で、身体さんはメッセージをくれています。

もしくは、何らかの出来事を起こすことにより、気づきへのシグナルをくれていたはずなのです。

それは、身体の部分的痛みかもしれませんし、違和感かもしれません。

出来事ならば、「なぜ同じようなことばかり繰り返し起こるんだ?」という感覚が

あることかもしれません。

または、強度のストレスにより、気づけなかった状態にあるのかもしれません。

 

いずれにせよ、何かに気づいていないがゆえの病気です。

ですから、病気と闘う!のではなく、シグナルとしての病気に感謝するのが道理です。

この類の病気は、メッセンジャーとしての病気です。

あなたに気づいて欲しいがために、病気という形でメッセージを伝えて、憎まれるのでは、、、。

報われません(笑)  

 

良いことをもたらしてくれる人のことは歓迎するでしょ?

でも、良いことをもたらしてくれた人に、

「お前〜!よくも良いことをもたらしてくれたな!」

「俺と闘え!」とは言わないはずです(笑)

 

その前に、その気づきを実践するために、自分で選択し、生まれてきていますから! 

病気は、その気づきの手助けをしてくれているだけです。

 

有難いじゃないですか?

 

その気づきは、誰の何のために?

あなたが、毎日ワクワク楽しく生きていくためです。

日頃どれだけ楽に生きることに無意識に抵抗していることか、、、(笑)

 

病気は辛いかもしれません。

しかし、このような視点を持つこともあなたの一助となると思います。

親はあなたではない!あなたはいったい何者?

 

 人は、おぎゃーと産まれて、大体6歳3ヵ月の間に、

すでに信じ込みを創ってしまっています。

 しかし、その信じ込みは、生き抜いていくために必要不可欠なものだったのです。

「〜だった」という過去形を使用する意味は後ほど、説明します。

 

 産まれてから、大体6歳3ヵ月の間は、親に依存して生き抜くしかないのです。

ですから、その間、子供は捨てられないように親の期待に応えようと必死になります。

つまり、親の信じ込みに命がけで応えようとするのです。生存本能でのサバイバルです。

親の信じ込み(期待)に沿うような行動をした時に、親から承認が得られたとします。

それは、親の喜ぶ顔等だったりします。

(親の承認は、子供にとって愛されていると感じるための絶対的な権威です。)

そうすると、その子供は、この方法ならばうまくやれる、愛される!という信じ込みを

潜在意識で創ってしまいます。

また、うまくいった方法は、何度でも使おうとします。

しかし、

そのうまくいった方法は、親の信じ込み(期待)に応えただけで、

その子供の持つ本来の個性とは違います。

それに気づかず成長していき、

うまくいった方法を家庭以外の社会でさらに使おうとします。

しかし、うまくいきません!

なぜならば、先ほども書きましたように、

その子本来の個性ではないからです。

ですが、親の期待に応えようと同じことを繰り返します。

うまくいかないながらも試行錯誤も加え、やり続け、もがき苦しみます。

自分が自分でないものになろうとしていると必ず矛盾や葛藤が生じます。

ですから、成長して親のようにはならないぞ!と反面教師的に思いながら、

親と同じことをしてしまっているということは、

6歳3ヶ月まで生きるために必要だった親の信じ込み(期待)を

いまだに手放していないことを意味します。

 

生き抜くためのサバイバル時期を過ぎたら

親の信じ込み(期待)に沿うことは必要のないことです。

 

これを、手放さないままでいると、

社会に出てからは、権威としての社会の期待まで背負ってしまうことになります。

今ある問題の根っこは、大体〜6歳3ヵ月までに経験したことにあるのです。

  

スリーインワンでは、(必要であれば)

この〜6歳3ヵ月までに創った信じ込みや感情ストレスを

解放して、現在に戻ってきます。

 

そして、自分だけが自分の人生の権威者であるということの自覚を取り戻します。

つまり、自分の個性に生きるのです。

 

自分が自分であることは、本当に大切なことなのです。

サバイバル時期の信じ込みを手放すことをせずに、

社会に出たら、社会を依存先にしてしまいます。

そして、社会に捨てられないように、社会の期待に沿うように、

自分でない誰かになろうとサバイバル的にもがくのです。

もがいたら、苦しいだけです。

真面目であればあるほど、誰かになろうと

必死にもがいて努力します。

精神的におかしくなり、疲れきってしまうのも

 

当たり前です!!

 

だって、自分を生きてないんですから。

矛盾の上に建てた偽者の自分はもろいに決まってますから。

 

昨今のこころの病の一原因は、

ここにもある気がしてなりません。

 

個性が同じ人は一人としていません。

この意味は、個性を活かして生きて!ということだと思います。

そうでなきゃ、個性をもって生まれる必要性はないのですから。

宇宙は意味のないことはしませんから。

 

お読みの方が、

親ならば、子供と自分のために、

子供がいなければ、自分のために、

会社組織の上司ならば、自分と部下のために、

視点を変えながら、少し考えてみてください。

人68億+植物・動物すべては個性的。

 世界の人口は、今現在68億人と言われています。

その68億人すべてが、違う個性の持ち主です。

一人として同じ個性を持つものはいないのです。

 

また、動物・植物も数は不明ですが、同じ種であっても

すべてが違う個性の持ち主です。

 

宇宙もそうですが、地球も、驚くほどの多様性に溢れているのです。

 

地球は、宇宙の縮図です。

 

その地球は、

様々な個性という多様性の中で、お互いの個性を尊重しあいながら

共存共栄するためのシミュレーションの場として存在するのです。

シミュレーションの結果は、宇宙にエコーします。

そして、宇宙全体の共存共栄のためになるのです。

地球が、愛を実現できれば、宇宙も愛を実現できます。

それ位、影響力が強いのです。

そこには、善も悪もありません。

善悪の判断を超えたところにある個性だけが、ただあるだけです。

 

みんな生きるだけで価値があるんです。

愛のために、シミュレーションに参加し、

喜怒哀楽というデータを取得しているのですから。

確かに苦しいときもある、悲しいときもある

でも、それもすべて愛のためなんです。

一人ひとりが生まれる前から、計画し、その経験を積むことに

同意した勇気ある存在なのです。

もっと自信を持っていいんですよ〜。

 

以下は仮説ですが、

よりパワフルなものは、小さな存在として地球に存在すると思います。

アリが人間サイズなら?ムカデも人間以上のサイズなら?

どうなりますか?

地球全体が共存共栄を図りやすいように、

生物の大きさも考慮されているように思います。

あとは、智恵と道具を持つ人間が、思いやりをもつ管理者として

機能するかですね。

 

地球は、驚くほど多様性に溢れ、個性的である!