みんなが聖者

みんなが聖者。

誰かを聖者と思ったら
比較の世界に入っています。

自分の、いや、、、一般的!?人間の何と比べて聖者?

やることがレアな神聖さを持つから?
大きなことをやってのけるから?
大人数に影響力を与えたらから?

神聖さって?なあに?

人はそれぞれ「必ず」どの分野かの聖者です。

ひとりの子供をありのままに愛しました。
聖者やん!

それが、社会的に認知されない(にくい)分野であっても。
良くないって、ジャッジされるようなことでも。

だって、愛のベクトルをもって
嫌なことさえ、しでかす聖者なんですから。

気づかせ愛のためにね。

部分を見て、
人をあ〜だ〜こうだ言わないこと!(笑)
見る「べき」は自分。
自分を見たくないなら、外側が気になるから。
あの人は〜〜とか。
こうした方がいいとか。
こうすべきだよね!とか。

とんでもない間違いをやってるかもしれませんよ。

と言っている自分もとんでもないことを
言っているのかもしれませんね〜(笑)

ちゃお〜。

先祖の解放

RASのセッションの中に
「先祖の解放」というものがあります。

せ、先祖の解放?

怪しい響きがあるかもしれません。

今の自分が存在するということは、
肉体という「命」をつないできて
頂いているわけです。

例えば、両親に、もしくは家系的に似ているということは、
情報を引き継いでいるということです。
それはDNA(遺伝子)の情報です。

その情報の中に、
数百年も前に、誰かを愛したり、
夢を実現させようとチャレンジしたり、
哀しみや恨みの中で亡くなった先祖からの
「遺伝した感情の痛みや信じ込み」がないとは言い切れません。

その先祖のすべての血肉を受け継ぐのが「今」の自分です。
1番癒しのパワーを持っているのが、「今」の自分です。
最先端。

今の自分を癒すこと(感情の痛みと信じ込みを解放すること)、
そして、「今」の自分で解放できたら、
癒される「べき」その怖れを未来へ伝えていく「必要性」がなくなるのです。
先祖が私たちに伝えてきたように。
もちろん、その痛みに囚われた先祖は解放されていきます。

視点を変えるのであれば、
今の自分で痛みを癒し、
個性でワクワクすることが、
先祖供養にもなり、
未来を痛みのないものへと創造していく
エネルギーの足場ともなります。

すべては、「今ここ」の自分から。

祈りは内側へ。

今までと逆なこと。

祈りを内側に向かってやってみると面白いことが起きますよ。

外側ではなく。

うまくいくことが

うまくいくことが指標じゃない。

命が輝くことが指標なんだ。

枝葉はもういい。

一心に葛藤がない状態。

癒せる感情を味わう

 

悲しみを今、味わってる人は、悲しみを

 

苦しみを今、味わってる人は、苦しみを

 

今、誰かを憎しんでいる人は、憎しみを

 

今、誰かを恨んでいる人は、恨みを

癒すことができる人

すでに、癒しに入っている人

自分が、味わうという勇気をもって癒している人