二元論

 
 
 
二元論って
どっちがいい悪いでもなく、
当人の「個性に沿ってバランスよく」活用できること。

統合ってそういう意味で遣っています。
ひとつにまとめることではなく。

 
 
右脳と左脳。

 
両方なければ、成立しません。

 
右脳は本質といわれますが、
左脳がなければ暴走してしまいます。

性質において「純粋であるが故の残酷さ」が出てきます。

 
たとえば、火の性質と水の性質。
火が自らのJOYのために距離感をとらずに
燃え盛り「過ぎる」と、
水さんの存在を失わせてしまうことにもなるんです。

 
 
しかし、、、
左脳は、周囲との調和(おもいやり)という
レベルでのみの制限(ルール)でいいはずですが、
ここが、育っちゃい過ぎました。
エネルギーをかなり歴史の中で注ぎ込んできてますので。

 
 
閑話休題

 
 
 
陰のエネルギーで癒しが起こっても、
陽のエネルギーで癒しが起こっても、
反応しあった共通ポイントを「人間関係の中で」解消しあったり、
{→もっとも自然ですね(笑)}
プロセスはご本人が「選んだ」自由意志によるものです。

 
当人にとって
「陰陽のバランスが取れない状態で」陰が大きければ、
陽のエネルギーのバランスが取れない状態の人と出会い、
癒されるかもしれないし、
どちらかがどちらかのエネルギーバンパイアになったり、
依存先になるかもしれないし。

 
RASセッションは、陰からも引っ掛かりがなく、
陽からも引っ掛かりがない状態、
「フラットの状態」で情報を取り解放します。
フラットはつまり、陰にとっても反のエネルギーとならず、
陽にとっても反のエネルギーになりません。
陰か陽かをジャッジしません。
{日常生活ではやったりしますけどね〜(笑)}
その方が、筋肉さんも(筋肉反射)適切な情報を出してくれます。
敵のような(反陰・反陽)匂いのする人物が、突然自宅を訪問して
「あなたの個人情報ください」と言っても
怪しくて出してくれませんもん(笑)

 
ですから、セッション中にフラットになるためには、
自らの癒しをRASで取り組んで頂くんです。
ですから、まずはご自身の解放からスタートします。
解放が進むにつれ、小学生や幼稚園児みたいになっていきます(笑 

 
コアの痛みに近づけば近づくほど、
筋肉は嘘をつき始めます。
何回も、何回も。
ご自身が、ご自身を「どれだけ痛みを隠すために」
裁いてきたかが出てきます。

 
痛みはあっていいんだよ。

 
ただ、手放す準備ができているものは
手放す許可を「自分に許して」いいんですよん。
もちろん、手放したいならです。

 
語弊はかなりありますが、
違う次元では本当は傷なんかなくて、
「三次元で」信じ込みを創り出すには、
「元々傷はないという」記憶を失って、、、。

 
傷が必要で、、、。
傷が当人の「一時的な」立ち位置となり、、、。
傷がなければ、立つ位置さえわからんのです。
基準がなければ、右も左もわからんのです。
視点の置き場所と言ってもいいかもしれません。

 
傷が創り出した信じ込みというメガネで切り取って
この肉体を持つ三次元で何かを体験したかったんだ。

 
だから、どんなものでも存在していいんです。

 
根っこはすべて愛なんですから。

 
 
愛だからこそ、本人にとって愛ではないようなことを
経験すると苦しいと「認識」できるわけですから。
あなたは経験した感情や嫌な出来事を創り出した
「そのもの」ではありません。
だから、そうやって「自分いじめ」しなくていいんです。

 
ただね、もうこんなゲームは終わってもいいんでないかい?
と「個人的」には思うわけです。

 
その人の個性が喜ぶ遊園地を
個人個人が創り出して思う存分お遊びくださいな〜(笑)

そんなこんなで、RASを始めたんです〜。

ありのままの中に解決法アリ

自然の中に解決方法は
全てあるように宇宙はつくってます。

変に加工すると何かを一時的に解決したように思えますが
そうではないです。

 
弊害の方が、「結果として」大きい。

 
食べ物になるものだってありのままの個性でいたいんさ。
加工されるものにストレスがあることを考えないと。
ありのままじゃいかんと言われているようなもの。

 
・食卓塩
・マーガリン
・パルスイート(カロリーゼロ)
・遺伝子組み換え

 
医食同源。

 
 
加工物を摂取したら
加工物の考え方になる。

 
血肉となるものそれは、経口物。

 
ある意味、そのもののエネルギーの移植。

 
 
あるものの恵みの中にこそ、
パーフェクトに与えられている恵みがあるんです。

 
さる知恵は役に立たない。

 
ごめんなさい、おさるさん。

 
人のほうが愚かでした。

現状のままで変化を求める!?

人がどんなに知恵を絞って
大切なことをおいたまま、
現状のまま変わらずに、
何かを守ろうとしても
それは、気づきで打ち破られます。

例えば、原発。
どんなに最新の技術を使って頑強なものを造り上げたとしても
「何か」に気づいていないならば、頑強なものは打ち破られます。
 


例えば、防波堤。
どんなに高い防波堤:1万メートルの高さ(大げさ)を造ったとし ても
「何か」気づかなければ、それを1万メートルを超えるでしょう。

例えば、過去の優れた叡智の時代。
どんなに優れたヒーリングや、こころの時代があったとしても、
「何か」に気づかないでいたからリセットされました。
こころが、優劣という序列を作ってしまったのかもしれません。

例えば、感情の痛みが創り出した出来事。
その嫌な出来事に「現状のまま」手当できたとしても、
お次に来るのは、手当できない出来事。
つまり、出来事を通して
感情の痛みに気付いて欲しいということ。

気付いて欲しいから起こっていることだから。

今は内面をみませう。

それを「踏まえて」存在している最先端の人間が
私たちだから。

楽しいことをどんどんやって、
「楽しいことの中で」楽しめない部分に気づき、
その部分の傷に気づいて癒せていったらいいですね。

身を削るような痛みを通しての癒し(気づき)ではなく。

お互いの違いを尊重しながら、
アクション・ノンアクション問わず、励まし合ってね。
空間を共有するだけでも、何もしなくても
場の癒しになります。

時代の移り変わり、、、。
思う存分、楽しみ励まし愛。

楽しみませう。

 
 
※怖れを引き起こす「意図」をもって書いておりませんのであしか らず。

RAS先祖の解放!?

みんなご先祖から肉体という命をつないでもらったおかげ様
今の自分が存在するわけです。

ご先祖がいなければ、自分という存在はありえません。

そのご先祖から命をつないでもらってきた中には、
・遺伝的に顔が似ている

・性格が似ている

・肉体的性質が似ているという部分以外に、

「望まない」信じ込みを受け継いでいる場合もあります。

その信じ込みは、方程式のように働きます。
〇〇の出来事が起こったら、こう「反応して」、
結果、うまくいかないという方程式。

なぜ、、、うちの家系は、、、、いつも、、とか。。。

 

◆1+1=2◆

 

 

 

あくまでも、「その人にとって」「2」が適切な回答だとしましょ う。

 

しかし、1+1が出てきたら
無意識のうちに望まない「3」しか出してこないような方程式です 

 

ある意味「しがらみ」といっていいかもしれません。

 

その信じ込みは解放されたくて、
後世の子孫に「信じ込み」を託すのです。

 

今のあなたは、先祖のすべての要素を含んでいる存在です。
(時間軸で言うならば)一番進んだ最先端の人間です。
いわゆる一番解放された人間です。
最高〜!な状態です(笑)
ダメだなんて思う必要なんて一切ないんですよん。

 

先祖のすべての要素を含んだ者、
つまり「先祖の代表者である」あなたの中にある「先祖の信じ込み 」を解放することにより、
先祖の「停止状態であった思考の囚われ」が解放されると同時に、
受け継いできた、癒される必要がある「信じ込み」を「自分の時点 で」
解放したことになります。

つまり、解放されたもの(信じ込み)を
自分の子孫に伝えていく必要性がなくなります。

 

短い視点で観ると、
親子関係。
親の時点で解消されなかった信じ込みという情報は子に伝わります 
親は、「子供を通して」自分の嫌な部分(望まない信じ込み)を
鏡のように見せられます(笑)
だから、子供は先生なのです(笑)

子は子で、親のようにはならないぞ!と思いながら、
親と同じことをしちゃったりしています(笑)
そして、自分を責めたりします(笑)

信じ込みに気づいて、解消して欲しいための采配です(笑)

そのためにも、子は「親を選んで」生まれてくるのです。
さらに、その子は、その信じ込みを解放できる「能力」を持って生 まれてきます。
だから、答えはすべて自分の中にあるんですよん。

 

先祖の解放は、家系という血筋の解放と言えるかもしれません。
しがらみの連続性を解消するものですから。

また、言い方を換えるならば、
自分が個性に基づいてワクワク生きることが
先祖の一番の供養になります。

 

肉体をつないで頂いた感謝の気持ちを持っても、
怖れる必要なんて全くありません。

 

先祖供養しないと、こうなりますよ!という。。。

よく考えてもみてくださいな。

子孫を苦しめたい!苦しめることにやる気満々のご先祖いませんて
何かしらの交換条件も求めて来ませんて!(笑)

何かが起こる場合、それは自分でその怖れにエネルギーを与えて
実現化させただけですねん。
怖れをクリエイトできるなら、違うもんもクリエイトできます。
陰と陽はワンセットですので、片方ができたなら、もう片方もできます。

どちらにエネルギーを注ぎ込んだかだけなんです。

確かに、不遇の方や苦しまれた方、恨みを残した方等
先祖も様々です。
その感情の痛みを先祖と共に「シンプルに認めるだけ」

ご先祖の「すべてを含んだ」あなたがHAPPY!
すなわち、それはご先祖もHAPPY!ということです!!!

自分供養は先祖供養!とも言えます(笑)
供に養うですから。

自分をまずは大事に。
大事にして満たして溢れたものがあれば、
分けて循環させていきませう。

あ、もちろん、それも自由です。

じゃんじゃん個性を楽しみましょう(笑)

と、言いたい放題でした(笑)

どこの世界でも同じ

独り言。

どこの世界にいようとグラウンディングは必要です。

肉体をもって生まれてきていますので。

ある意味、地に足をつけて天と地を繋ぐのが人だから。
肉体という体験を通して。

肉体を持って経験した地の情報をアップロードして、
天の愛との調和を図り、互いに上昇していくイメージ。

天ばかり向いても、糸なし凧のようになりますし、
確かにいろんな情報にアクセスしやすくはなりますが、、、。

でも、その情報あんまり必要ないかも。
だって、肉体を脱ぎ捨てたとき、いつでもアクセスできるものだか ら。
肉体を借り受けているということは、「その肉体を通して」
感じることが必要ということ。

 
これから先は、本当にグラウンディングが重要となります。
変化の時期、エネルギーはかなり振幅し動きます。
それを守ってくれるのが、肉体。
肉体を感じること。
肉体が心地よい方向を選ぶこと。
気持ちがどんなにぐらついていたとしても。
肉体がナビゲーターとなってくれます。

 
話は変わりますが、、、

 
面白いことに、競争社会が合わずに、
スピリチュアルの世界に入った方をよく見受けます。

 
しかし、競争社会が嫌いだと、外れたところで
また、同じことを始められている方もおられます。

 
・よりよく悟れるにはどうしたらいいか!
・あの人の〇〇能力は凄い!
・(比較の中で)自分も勉強しなきゃ!
・稼ぐためには、人と違う技法をマスターしなきゃ!
・あ〜あの人たちは、競争社会にいらっしゃるわ〜!
 まだ気付いていらっしゃらないのね〜、!
 ま、これも人それぞれのプロセスですからね〜とか。

 
はい、これ競争です(笑)

比較競争の舞台をスピリチュアルと言われる世界に変えただけ。

やっていることは、抜け出す前の世界と同じこと。

内側に持っている場合、外側の現実に反応しちゃいます。

内側に持ってない場合、もしくは、消化されたものは、
引っ掛かりがないので、外側の現実にレスポンスすることも
できますが、レスポンスしないこともできます。

選ぶことができます。

ただ、引っ掛かりもいい悪いはなく、
その引っ掛かりが何かを感じさせてくれるお手伝いをしてくれます 

この地球には、感情を感じるために来ていますから。

 
ただ、「感じきって」引っ掛かりが減っていくということは、
引っかかっていた「対象の存在をありのままに承認」
できるようになったということかもしれませんね。

 
だって、「ちょっかい出そう!」(笑)としなくなるから。

 
気にならなくなるから。

 
みんなで引っ掛かけ愛しながら、
悪役でさえも、
その引っ掛けのための名演技という風に捉えられて、
その時は必死で怒ったり恨んだりしても、
許しあえる要素を持つ「ひとつのもの」として
大事にしていけたらいいな。