あれやこれや

魂を光の玉とします。



その光の玉の周りに「信じ込み」というフィルムが
張り付いているとします。



光の玉は、光を失うことなく、光を放ち続けます。



そして、内側からフィルムを照らし、
スクリーンに「信じ込んでいる内容」を
映し出してくれます。


映し出してくれたものは、
私たちが「認識できる」現実の出来事として現れます。




その現実が「イヤ」と感じるようなものであれば、
魂の性質と「違うこと」を「信じ込んでるよ〜」というメッセージになります。



逆に、ワクワクするのであれば、
魂の性質に合った「信じ込み」を持ってますよ!ということです。




どちらにせよ、
「信じたこと」が現実化します。



もちろん、
自分で決めた感情を体験しに来ているわけですが、、、。



そして、その信じ込みを経験させてくれる「肉体」に飛び込みます



ですから、そういう意味でも、子供は親を「選んで」生まれてくるんです。



母親の持つ信じ込み・父親の持つ信じ込みの統合体が「自分」です
(※時折、同じ信じ込みを持つもの同士が反応しあって、
ヤ〜な感じになったりもしますが(笑)
鏡となってくれての気づかせ合いですから、、、)

その「自分」は、
代々引き継がれた望まない「信じ込み」を癒すことができる「ギフト」を
「すでに」持って生まれてきています。


ですから、
それが「他人の宿題でない限り」解決できない問題は来ないのです


そのギフト(才能)を遣って「あなたのところで」癒すことができます。



代々受け継がれてきた肉体という系列(ライン)の
信じ込みの解放にもなります。



「感情の痛み」や「感情の痛みが創り出した信じ込み」があるということは、
それを解決できる才能があるということです。
(解決できる才能を持って肉体に飛び込んでいますから)



その信じ込みを解放するプロセス、
もしくは、解放した後に、ギフト(才能)に気づきます。
「解放できた」ということは、
その才能を「遣うことができるようになった」ということです。
そのギフトを遣えたから、解決したのですから。
それは、「気づき」で「自然に」発動します。



そういう意味では、
感情の痛み(に起因する信じ込み)と才能は、ワンセット。




解放したら、才能が前面に出てきます。



あれ!?前はできなかったのに、
気づいたらできるようになっていた!(笑)
という現象がよく起きます。



また、反抗期は、親から取り込んだ信じ込みを
「単に」排出する行為です。
本来の自分の個性(エネルギー)に合わないものを排出し、
自分の個性で生きていくための準備行為です。
その排出の仕方は、人それぞれ、
いろいろおありになることでしょう(笑)


その期間は、躾(しつけ)の名の下に
「自分の考え方(信じ込み)に沿うように」
押さえつけるのではなく、
闘いの土俵にのらず(笑)
捻じ曲げないように、排出を温かく!?見守る(笑)
もしくは、ご自身の信じ込みを見せつけられていますので、
気づくチャンスです(笑)(笑)

反抗期がない場合、排出行為が日常の生活の中でうまく行われているか、
何年もの時を経て、、、、
のちほど、「ドカン」と排出されます(笑)
通称・良い子ちゃんに多いです。







閑話休題






RASでは、肉体にアプローチしながら、
外れる準備ができた信じ込みに、
感情承認を通して「気づいて」頂くだけです。
するとフィルム(信じ込み)が外れます。




あとは、ご本人の個性のパワーだけで大丈夫。
フィルム(実現化させたい何か)が必要なら、
ワクワクするフィルムを「自分で」創っちゃっても良いし。




信じ込みが外れる準備ができたということは、
感情の痛みを「もう癒せますよ〜!」ということです。
そのサインが(当人にとっての)嫌な出来事。




仲間と協力させて頂き、
どれくらい解放のお手伝いができるかは
分かりませんが、チャレンジします。



一人ひとりの意識が集まったものが、集合意識。
つまりですよ(笑)
一人ひとりが、自分に責任を持って「自分自身」を癒すだけで、
一気に、集合意識(信じ込みの集合体)というフィルムが
投影する出来事を変えることができる可能性を秘めています。



自分を癒すことは、集合意識を癒すこと。
同時にみんなを癒していること。

自分を通してしか集合意識、、、癒せないんです。
自分がゲートですから。
「自分として」生まれたという「事実」は、
その「自分を」癒すことができるということです。
そうじゃないと、生まれてきませんし(笑)
だから、臆せずに堂々と(笑)癒しませう。



一滴、一滴と、、、集合意識を癒すイメージをしながら、
セッションを行わせて頂いております。



また、セッションは、「実は」ご自身で行って頂いているんです。



飲食店をイメージしてください。
メニューを「自分で」選んで注文します。



それと同じように、
解放のメニュー表はこちらでご用意しております。
そのメニュー表の中から、
解放の準備ができている信じ込みを「ご本人に選んで」頂き、
解放技法やその解放技法を実施する順番も
「ご本人に選んで」頂いています。



RASのセッションを行うファシリテーターは、
「選んで」頂くものを、筋肉反射を通して「適切に」
読み取らせていただくだけです。
ファシリテーターの意見は全く役に立ちません(笑)
その意見は、ファシリテーターのものに過ぎません。
クライアントさんの答えはすべてクライアントさんの中にありますから。



筋肉反射を「適切に」読み取らせていただくために、
クライアントさんの問題に「反応しない」ように、
養成講座では、まずは、ご自身の中の信じ込みの大掃除を
行う内容となっています。


また、ご本人で気づくことができれば、
RASのセッションは不要です。
そこにお金を遣うことは、勿体のうございます(笑)
おいしいものでも食べに行かれてください!


「気づき」こそが、信じ込みを外す最もパワフルなもの。
そして、気づきはみんなに「平等」に与えられているもの。
しかも、タダ、0円やねん(笑)



繰り返している出来事があれば、
その繰り返しの出来事が起きたときに、
どんな感情が「共通して」起こるか観察してみてください。
そこに、信じ込みがあります。
それに気づくだけやねん。


ただ、極度のストレスの状況下にあると、視野が狭くなって
「気づきにくい」状態になっている場合もあります。


そういう場合は、RASは、お力にはなれるかと思います。
今まで視点を向けてこなかった(向けにくくなっていた)
「気づいていない」信じ込みが出てきますので。



あ〜また、話が逸れてきました。



逸れ逸れ逸れお祭りだぁ〜!



よし、まとまった!(嘘)

いつも、ありがとうございます〜(笑)

ネガティブポジティブ

 
ネガティブだって、ポジティブかもしれないし、
ポジティブだって、ネガティブかもしれない。
つまり、自分の本質に合うかどうかでそれは決まる。
だから、ひとりよがりのポジティブアドバイスは
なしでっせ(笑)
みんな違いますよってに!

偏りを経験しに!?

みんな偏りを経験しにきとる。
パズルのピースのひとつがあなた。
そのひとつひとつが集まって
調和という全体を作るんだよ。
だから、全体であろうとすると
しんどいよ。

信じたことも偏り。
偏りは悪くない。
個性に従い信じたことやればいいさー。
自分のピースに書く絵(個性)を
しっかりするだけでいいよ。

自分の個性に合わないピースがあったら、
それは隣にくるピースではないんだよ。
そのピースは、
数ピース先であなたを引き立ててくれてるから。
たとえ、そのピースに何も描かれてなくてもね。
それは、間というピースやねん。
それが、社会に受け入れられないものでもね。
闇を描く人もいれば、闇のおかげさまで、
闇に輝く星を描く人もいる。

 
すべては、自分の居場所(ピース)の位置にいるための信じ込み。
あなたのピースをあなたが描いたら、周りも、
あなたに「はまるために」自分の本質を描かざるをえない。
これが、自分が変われば、周りが変わるの本質。
ま、これも信じこみかもしれんね〜(笑)

 
One Pieceから壮大な一枚のPeaceへと。

感情と食べ物


感情の痛みとその感情の痛みが創り出した信じ込みを解放する
RASですが、

セッションで、ある一定期間、
特定の食べ物を食べないでね!
という宿題が出る場合があります。

 
身体さんがその宿題を出してきます。

感情の痛みや信じ込みは、食べ物とくっつきやすいのです。

その食べ物と感情の痛みの切り離しを行ったりします。

 
例えば、「私は愛されていない」と信じ込んでいたとします。
この方が、愛されていないと意識的・無意識的にでも「感じた」時 に、
自然と食べていたり、飲んでいたりするものがあるのです。

 
ある方は、これがポテトチップスでした。
幼少期、愛されている!と感じた一家団欒の時に、
ポテトチップスを召し上がっていたそうです。
ポテトチップス=愛されているという象徴。

ですから、愛されていないと感じたとき、「私は愛されている」と
「意識的・無意識的問わず」感じるために、ポテトチップスを召し 上がるのです。

 
 
ポテトチップスへの依存を通して、「愛されている」という感覚を 獲得しているのです。

もちろん、いい悪いはありません。

ただ、一つ言えることは、ポテトチップスを食べても、食べなくて
「愛されている」感覚は得られるんだよ〜!という「制限外し」を
身体さんが言ってきます。

これがアルコールの場合もあります。
アルコールを「通してしか」楽しい気持ちや、
仲間を得られないというパターンもあります。

アルコールが中毒になっている場合は、
ある特定の感情の中毒に入っています。

その特定の感情が解放できたら面白いことが起こります。
なぜならば、その感情の中毒が〇〇中毒を引き起こしていただけですから(笑)

※感情の中毒に入っている場合、個人差はありますが、
一定期間セッションを受けていただく必要があります。

問題なんて何もない!?

みんな最初から問題なんて何もないんです。

本当はね。

傷もないんです。

本当はね。

問題や傷がある。
そう信じ込んでいる自分がいるだけのことで。
信じ込んだことが現実化するだけで、、、。

傷と思うようなものがなければ、
経験したいことを経験できないから、
それがあると信じ込んでクリエイトします。

すべてはひとつで、分離の基準がなければ、
右も左もない。
上も下もない。
男と女もない。
陰も陽もない。

傷と「思うようなもの」もその基準のひとつ。

 
傷を通して(足場として)周囲を眺め、
そして感情を感じきったら、
(傷ではない)傷のようなものを手放していく。。。
手放すというより、
最初から傷なんてなかった!という感覚に戻っていく感じかな。
それを経験するために必要な「色眼鏡のようなもの」だったんだと 

RASのセッションでは、
クライアントさんに問題があるというスタンスは一切とりません。

 
だって、問題はないんですから。

 
 
また、そのスタンスであれば、問題を新たに創り出してしまうだけ です。

 
クライアントさんに

「こうなって欲しい!」

「変わって欲しい!」

それを思った途端、
クライアントさんの今の状態は「だめだ!問題だ!このままじゃいかんよ!」
ジャッジしていることになります。

RASのセッションは、クライアントさん「自身」が
「問題と感じている」ところの信じ込みを、
何も考えずに(笑)解放させていただくだけです。
しかも、その解放もご自身でおやりになります。

RASファシリテーターは、
筋肉反射を正確に「尊厳を持って」取らせていただくだけです。

セッションにお金かけるより、
自分の個性に沿って楽しいことにお金かける方が1000倍いいですよん(笑)

セッションを受けること「自体」を目的にするか。
ご自身の人生をワクワクしたものにしていくことを目的にしていくか。

それも自由だぁあああああ〜〜〜〜〜(笑)

と、書いてみる。