無条件の愛を目指す必要はありません。

 
 
無条件の愛を目指さなくていいんです。

 
 
 
「すでに」それなんですから。

 
 
 
 
 
目指すということは、自分には「それがない」と、
もしくは「足りない」と、「どこかで」信じています。
今の自分に納得いかない、今の自分じゃ駄目だ!と。

 
 
 
 
 
「すでに」愛の存在が、「何か」を経験したくて
愛の否定という「一時的な状態」を体験しているだけです。

 
 
 
 
 
そして、その「一時的な状態」も、
愛が許したひとつの表現だと気づいたときに、
その体験が終わるんです。

 
 
 
 
 
どんどん体験したいこと体験しなっせ!

 
 
 
 
 
 
大丈夫だけん!

 
 
 
 
 
どうあがいたって、「愛の存在だけん」

 
 
 
 
 
そこに抵抗してみる体験もよかとよ。

 
 
 
 
 
 
「確固とした」愛の存在であることを
より深く「自覚」できるけん。

 
 
 
 
本日もいっぱい体験ばしてきなっせ!
感情が動くだけで、すばらしかこつだけんね〜!
 
 
 

良かれと思うものが、、、逆の作用も?

▲▲に(敵)対する物として、
良い〇〇を食べるとしたら、
その良い〇〇を摂取すると、
(敵)対する▲▲のエネルギーまで取り込んでしまう。

 
 
その良いと思っている物が、
「良いもの/悪いもの」という
「関係性が構築された」食べ物のエネルギーに
変化してしまいます。
 

 

 

 


例えば、菜食主義。

 
 
 
 
 
 
「本当に」野菜が好きだから、美味しいから!で食べるのであれば 
そのまま(個性)のエネルギーで取り入れることができますが、
「反」肉食・「反」非健康という「考え」に基づくものならば、
野菜を摂取すると、
お肉のエネルギーや非健康のエネルギーも同時に
取り込んでいることになります。

「超」健康に気を遣ってる人が、
なぜか身体を悪くしちゃうのはその一例です。
※自分の本来持つ治癒力・回復力を信用していないと
いうものもありますし。

「反」は、逆の存在がなければ、存在できません。
反と「そうでないもの」はワンセットでしか存在できません。
(陰と陽)

反Aは、Aがなければ、存在できませんので。

反は比較から生まれます。

ここは、人間も同じで面白いです。

◆自分の個性で生きる◆
→単に自分が好き!(笑)比較に関心がない。

◆親や社会が期待する(自分でない)姿で生きる◆
→比較に走る(笑)
何かの考えや状態や他人と比較して「より」良くならねば!

でもね、「反」個性を生きていて、
苦しんでる現実があるとしたら、
いぇ〜いだぜ!(笑)

なぜなら、個性を「きちんと持ってるから」苦しむんだもの。

諦めないでいいです(笑)取り戻せます(笑)
あ、すでに持っているから、取り戻す必要はないのか(笑)
元に戻れます(笑)

だって、反を取るだけだから(笑)

ま、素直さは多少必要かもしれませんね(笑)

あとは、お子さんに、
「こうしないとこうなっちゃうぞ!▲▲みたいになるよ!」と
叱ることを繰り返していたとしたら、
そのお子さん、こうなっちゃう方に進みますから。

比較の大切さ!?と(笑)そうなっちゃう可能性を
教え込んでいるのですから(笑)
そうなっちゃう状態は、
その子の「個性の辞書」に書いていないのに(笑)

ふ〜、あぶない、あぶない(笑)と
思った方はご注意を(笑)

自分で自分をセッション!?

RASのセッションをさせて頂く側は、
実は何もしていないんです。
ちょいと語弊を生む表現ですが、、、(笑)

 
 
 
シンプルにいうと、
クライアントさんは、
自分を「自分で」セッションしているんです。

 
 
 
RASには、「信じ込み一覧表」と
「解放技術のメニュー表」があります。

 
 
 
クライアントさんの身体が、そのメニューを示しながら、

『この扱いたいテーマに関して、
根っこで私は「これ」と「これ」と「これ」を信じ込んでいて、
この信じ込みを実現化させて、今の人生を創りあげてきたの!
でも、もう十分に経験して手放したいから、
この解放技術を使ってこういう順番で解放するから、
よろしくね!』

と言うてきはります。

 
 
そのオーダーに基づいて、ファシリテーターは、
サポートさせて頂くのみです。
ファシリテーターの意見が入る余地はないのです。

 
 
ですから、ご自身の意思で、
信じ込みを外していく作業なのです。

 
そういう意味で、RASのファシリテーターは、
身体の通訳士と言ってもいいかもしれませんね〜。

 
 
※ファシリテーターは、
適切に筋肉反射を取れるように訓練します。
また、まずは自分の内側の信じ込みの大掃除をします。
そうしないと、クライアントさんの信じ込みと
反応しあって、適切に筋肉反射が取れないからです。
つまり、通訳がうまくいかないということです。
 

コントロールは、、、なるべくやめて欲しい、、、

コントロールしてきた人は、
コントロールできないことに出会う。
そして、コントロールできない状態で
終わる。
それは、コントロールしなくても、
自分には、それを得られるんだよという
メッセージ。

 
一概に言えませんが、
水商売のママに多い。
そして、コントロールできない人に、
惚れて、コントロール出来ない状態で終わる。

 
 
船の事故、交通事故、気づいたら末期がん。
そして亡くしておられます。

 
 
うん。

 
 
可能なら、コントロールはやめて欲しい。

 
私のわがまま。

 
余計なお節介。

 
でも、苦しみをたくさん見てきてるから。

感情を認めるだけで

えっと、

 
ある感情が出てきたとします。

 
出てきたら、その感情の存在を認めるだけでいいんです。

 
 
そんな感情、
感じたくない!
感じたと認めない!
(そして、感じたことを否定しよう!と「無意識」でもやります)

 
 
 
否定した感情は、心の内側に残り、
望まない現実を創り出したり、
引き寄せたりします。

 
 
だから、RASでは、実際には感じたけれど、
感じていない!と否定した感情を
「肉体を通して」認めるだけなんです。

 
 
 
そうすると、
「やっと感じたと認めてくれたね〜!
ありがとう〜〜〜!、ほな、さいなら〜!」と、
あなたの元から去っていきます。

 
 
自分が嫌だと感じる出来事・嫌なことをしてくる人は、
否定して、「無かったこと」にした
「その」感情を掘り起こしてくれるんです。
嫌だと否定した感情を「再び」引き出して、
「感じたと認める」チャンスをくれるメッセンジャーなのです。

 
 
だから、本当はありがたいんです(笑)
嫌だけど、ありがたい(笑)(笑)(笑)

 
 
感じたことは感じたんだ。

 
 
それは、ただ、感じただけなんだ。

 
 
「どんなに嫌だ!と思っている感情でもね」

 
 
ただ、感じたと認めるだけなんだ。

 
 
 
そしたら、その感じた感情は消化され、
その嫌な感情を「再び」感じないように(回避するために)
(自らが)創り上げた信じ込みを外してくれるのです。

 
 
たとえば、
「本当に欲しいものを直接的に表現したら手に入らない!
だから、直接的に表現しない!」

 
 
こう信じ込むことによって、
直接的に表現した時に拒絶されたという過去の感情の痛みを、
「再び」感じないように回避するのです。

 
 
直接的に表現することによって
広がる他の自由を制限(犠牲に)してまで、、、。

 
 
痛みって、
時系列という信じ込みの中では、もう終わったことなんだよ。
だけど残っているもんなんだよ。

 
 
 
それは、他人がどうこうできない、
自らが癒すことができる「唯一」のもの。

 
 
そして、四六時中あなたは、あなたといるんだもの。

 
 
 
常に癒しのチャンス状態(笑)

 
 
 
みんなが自分に取り組めば、
集合意識を一気に変化させることができる。
現実社会も一気に変わる可能性を持ちます。
だって、現実社会は集合意識が創りだしたものだから。

 
 
 
 
そして、それも常にチャンス状態〜。