依存から協力へ 〜続き〜

 一つ前の記事に、依存から協力へ(→クリックすると見られます)と題して書きました。

その続きを、視点を変えて書いてみます。

 

 円グラフでいうと、一人ひとりは元々ありのままで100%の存在です。

しかし、欠けているところがあると信じ込んでいると、欠けている部分は外部に求めます。

 

 

ここに、円グラフで30%の部分を欠けていると信じ込んでいる人がいたとします。

そして、自分が欠けている30%の部分を外側に求めているとします。

つまり、30%の部分を外部に依存しているということです。

さらに、言い換えると、元々持っている30%の部分の能力を使っていない、

もしくは、使えていないという状態です。

自分の能力を使う変わりに、自分ではない外部のエネルギーを取り入れて100%にしています。

「魂の性質という個性」は、自分ではない30%の外部のエネルギーを外そうとしてくれます。

そのシグナルが、感情ストレスです。

「個性に沿った生き方をしていませんよ〜!」

と、教えてくれます。

 

 

その感情ストレスが、何なのか?

 

 

まずは、その正体を掴んで、認め受け入れ、手放すことにより、

自分はありのままで100%の円なのだ!という自覚を取り戻していきます。

また、実践を兼ねて外部に対する依存を取り外すことになり、

今まで使えていなかった30%の部分の能力を取り戻すことができます。

つまり、元々持っていた能力を使えるようになるということです。

 

 

課題も解決し、

「えっ、私ってこんな能力があったの!!!」

と自分の才能に気づいて驚きます(笑)

 

 

そういう意味で、課題と、使えていない個性(能力)は、1セットです。

ストレスというお知らせがきたら、自分の個性を取り戻す大チャンスです。

そのストレスの原因(課題)を解決できるように、すでに、能力はありますから。

また、その能力を使ったからこそ、ストレスの原因(課題)は解消したんですから(笑)

元々乗り越えられる課題しかこないようになっているんです。

生まれ変わる前に、課題を乗り越えられる能力を設定していますので。

  

ただし〜、シグナルであるストレスをストレスとして感じることができなければ、

先に進めません。

これは、ストレスというお知らせを一時的なごまかしの積み重ねで、

ほったらかしにし過ぎた場合に起こります。 

生存のためのサバイバルモードに入ってしまい感覚が麻痺してしまうのです。

その場合は、感情という感覚を取り戻すことから始めましょう。

もっと、自分を大切にすることを自分に許してくださいね!

という私自身が、そういう状態でしたので、、、ふらふら

 

 

一人ひとりが、完全な円であるということを自覚すれば、

ありのままの個性を大切にするということを大前提とした依存も支配もない

調和という協力関係が築けるような気がします。

また、内側が平和な人が増えれば、外側も平和になります。

内側に葛藤という争いがあるからこそ、外側にも争いが現実化するんです。

※自分が自分でないものになろうとすると、矛盾・葛藤を必ず生じます。

 

それが、

今の日本の社会でもあり、

今の世界という社会でもあり、

今の宇宙という社会でもあります。

 

 

本当は、個性を生きないことこそが、ワガママなのです。 

(歴史の繰り返しが証明になるでしょ?)

 

 

個性を思いっきり生きていたら、他をコントロールしようとか、支配しようとか、

何かを奪おう!とかに、、、関心がなくなります。

だって、そのままでワクワクして満たされているんですから! 

 

ストレスというお知らせがきたら、ひずみがあるっちゅうことです(笑)

よ〜く観察してみましょう!

ほったらかしは禁物ですぞ!あなたに優しくない方法ですから。

 

 

※ストレスというシグナルを与えてくれるものは様々です。

例えば、誰かさんの能力に嫉妬していたとしましょう。その人のそばにいるだけでも、

コンプレックスという感情ストレスを感じてしまいます。

それは何を意味するか?

あなたも、その能力を持っていますよ!

しかし、使っていないもしくは、使えていないだけですよ!という意味を持つ場合もあります。

人は自分の内側に持っていないものには、反応しませんので。

 

 

※自分の個性に向き合いたくないがために、

自分で不必要な課題(問題)を創作してしまう人もいます。

創った課題(問題)に取り組んでいることにより、

こころの平和を保とうと葛藤しながら頑張っているわけです。

まだまだ、修行が足りないとか、、、永遠に満たされません。

だって、方向性間違ってますから!

 

 

でも、大丈夫です。

 

 

課題は、きちんとあなたのところにきてくれます!

だって、その課題をクリアするために生まれてきている側面もありますので。

もっと、宇宙を信頼して待ちましょうね。  

気づきと実践

 

 気づきと実践は1セットです。

例えば、誰かのアドバイスで、何かに気づけたとしましょう。

特に霊能者といわれる人に何かをやってもらった場合です。

それだけで、人生が変わると信じている人が多いような気がします。

 

 

結論:変わることはありません。

 

 

よ〜く、考えてみてください。

生まれる前は、誰もが気づいている状態なのです。

 

この世と生まれる前の世界との違いは?

 

この世: 肉体がある・意図を持って気づきの一部を忘れている

生まれる前の世界: 肉体がない・誰もが気づいている

 

「なぜ肉体を持って、

さらに気づきの一部を忘れて生まれてきたのか?」

 

それは、

自分で気づいて、その気づきを肉体を持った存在として実践するためです。

 

そう、気づきを実践してこそ、本当の変化が起こります。

ま、本当に気づいていたら、実践せずにはいられなくなるのでしょうけど。

 

 

※何かをやってもらって人生が変わったとしたら、それは一時的な現象だけです。

だって、あなた自身のテーマは、あなた自身でクリアするのが道理だからです。

人にやってもらっても、勉強になりません。 当たり前ですよね。

あなたのテーマは、お知らせのノック音を大きくしてあなたに再び舞い戻ってきます。

24時間をどう生きる?

 24時間をどう生きるか?

その中で、仕事、食事、睡眠、自分の時間、家族との時間いろいろあると思います。

 仕事という意味で時間を捉えてみたいと思います。

仕事で長時間働かざるを得ない人いると思いますが、

極論ですが、世界中の人すべてが、一日MAXで4時間以内の労働と決まっていたとします。

そうすると、賃金は今のままで一日4時間の労働で今の月給を手に入れられるわけです。

 そういう生活いかがですか?

 

※時間は本当は存在しません。協力して何かをやる場合に必要となる約束をするための

ルールに過ぎません。

先祖供養は必要ありません

 今回は、誤解を恐れず、ドカンといきます(笑)

少なくとも、自分では、ドカンといくつもりです(笑)

 

 

 先祖供養は必要ありません。

 

 

先祖供養をすることにより、

実際には自分の中の満たされない部分を満たしています。

そこには、満たされない何かがあります。

欠乏感や怖れです。

本当は、みんな欠けているところなんてなく、100%満たされています。

それを、知覚において満たされていない!と外側に充足を求めます。

欠乏感や怖れにつけこんで利用する人も世の中にはいます。

悪いことが起こるのは、報われていない先祖がいるからだ?

ナンセンスです。

例えそうであるにしても、それは先祖の課題で、あなたの課題ではありません。

大きな視点でいうと、先祖は、先祖としての役割を100%果たしています。

歩みのスピードも様々なのです。

今さら、今を生きる必要のあるみんなが、それをどうしようというのでしょうか? 

そして、亡くなった先祖にまだ何かをやらせようとするんですか?(笑)

それって、取引の一形態に過ぎないんです。 

 

じゃあ、どうすれば良いのか?

 

あなたは今をワクワクして生きていくだけで良いのです。

そこには、欠乏感も存在しません!

感謝は、そのままですでに100%満たされていることを知ることにより生まれます。

欠乏感を満たしてくれたから、または、満たして出てくるものは、一時的な感謝です。

 

もちろん、お墓参りやその他の先祖供養を行っている人の否定をするつもりは

毛頭ございません。

 

ただ、真実は、そうだということです。

先祖供養という視点で捉えるとしても、

今の自分自身をワクワクと楽しく、生きていくだけで良いんです。

 

参考記事:先祖供養と自分の存在との関係(クリックしたら見られます)

生きることは、ゼロポイントに戻るプロセス

 人は、ワクワクしながら喜怒哀楽を味わいきるために生まれてきます。

何の用語か私は、不勉強で分かりませんが、

過去生からのカルマ(業)というものが、

今生で作用していると言われることが良くありますよね。

 

 一般的に、カルマ=悪いものと捉える方が多いと思います。

「前世に悪いことしたから、今生は悪いことばかり起こるんだわ!」

 

違います!(笑)

 

カルマには良い悪いもありません。

自分が行ってきたことは、自分に返ってくるだけで、

自分が生きた全人生と今生とのバランス取りで

ゼロポイントに戻ろうとする法則なのです。

バランスを取る法則と捉えたら良いと思います。

ゼロポイントから、右に5歩進んだら、

反作用で、ゼロポイントから左に5歩分引き寄せられるというものです。

次第に、振幅の差がなくなり、ゼロポイントにいることになります。

これが、喜怒哀楽を味わいきったあとの心の平穏状態とも言えるでしょう。

 

ゼロポイントには、何があるのか?

そこには、善悪等の二元性を超えた個性がただあるだけなのです。

喜怒哀楽を味わいきった後のゼロポイントにおける個性は、

単なる個性ではなく、

他の個性のありのままを尊重できる思いやりのある個性となるのです。