真実を生きるとき

あなたがあなたの真実を生きるとき、
ひょっとしたら何か問題が
起こってしまうかもしれません。

 
 
たとえ問題が起こったとしても
その問題は「正しく」起こった問題なのです。

 
しかも、真実を生き「ない」ことによって
起こる問題ほど、たくさんのことは起きません。

 
 
正しく起こった問題には、
「何かを」解決するきっかけとなる
エッセンスがたくさんつまっています。

 
 
だから、どんな自分でもええですから
自分の真実を生きたらいいですよ〜。

 
 
さ、世界に一人しかいない自分を楽しみましょうねぇ〜。

無条件の愛を目指さなくても良いんです

無条件の愛を目指さなくていいんです。

 
「すでに」それなんですから。

 
目指すということは、自分には「それがない」と、
もしくは「足りない」と、「どこかで」信じています。
今の自分に納得いかない、今の自分じゃ駄目だ!と。

 
 
 
「すでに」愛の存在が、「何か」を経験したくて
愛の否定という「一時的な状態」を体験しているだけです。

 
 
 
そして、その「一時的な状態」も、
愛が許したひとつの表現だと気づいたときに、
その体験が終わるんです。

 
 
 
どんどん体験したいこと体験しなっせ!

 
 
 
 
大丈夫だけん!

 
 
 
どうあがいたって、「愛の存在だけん」

 
 
 
 
 
そこに抵抗してみる体験もよかとよ。

 
 
 
 
「確固とした」愛の存在であることを
より深く「自覚」できるけん。

 
 
 
 
 
本日もいっぱい体験ばしてきなっせ!
感情が動くだけで、すばらしかこつだけんね〜!
 
 
 

チャネリングや透視能力

能力で貴賤は決まりません。チャネリングや透視能力が高い人。
自分の痛みを癒し終えてたら、
いいんだけど。

 
 
なぜ見えるか?に焦点を合わせてない方多い。
過去生で、人の気持ちを分からずに、
踏みにじった傷が大きいから、
自分でそういうことを繰り返したくない!とその能力を計画して
今回見させられてるとか。
でも、見えている状態で再び踏みにじる側に行こうとする
流れは残る(笑)気づくまでは。

 
 
それを、魂レベルが高いとかにもっていったら、だめよん。
もっていってもいいけど(笑)
体験だから。

 
 
 
 
分かるのは肉体を脱ぎ捨てたら、誰でもわかる内容のこと。
ただ、なぜ、「肉体を持っている」状態で「あなたが」見させられ てるか?

 
 
 
痛みを越えたら、その才能は
癒しに生きてきます。

 
 
 
それ以前は、スピリチュアルプライドを満たしたり、
自己価値を満たしたりに使いがち。とにかく、
見える、見えないは どうでもいいってこと。

 
 
 
 
思いやりが大事。

 
 
 
 
考えとして、
生まれ変わりをないと信じていてもいい。
スピリチュアルはないと信じていてもいい。
学がなくてもいい。
土を触りながら、ありがてぇ〜!と感じることも、
すべて上記を否定していても、
万物を尊重していることになるのですから。

 
 
 
 
能力で貴賎が生じるなら、スピも経済社会と
同じことを土俵を変えてやっているだけ(笑)
やる側が変化しなきゃ(笑)
場所かえたところで、、、。

 
 
 
ま、たのしみませう〜。

時間は信じ込み!?

時間。

 
 
時間という概念は、
左脳の信じ込みのひとつです。
何かを区切るために、人が創った共通の指標のひとつです。

 
 
 
自分の個性・本質に従うと、
ワクワクするようにできています。
※個性・本質は右脳。
 
 
 
 
 
ワクワクすると、
左脳の時間軸という信じ込みを超えちゃいます。

 
 
 
これが、夢中になっていると
時を忘れるというもの。

 
 
 
夢中になっていて、気づいたら3時間も経っていた!
20分くらいしか経っていない感覚なのに!

 
 
 
この場合、本当に「その人の」時間の経過は
20分なのです。

 
 
 
 
逆に、、、(笑)
やりたくないことを、
嫌々ながらやる20分の作業時間を
3時間の長さに感じた場合、
「その人の」時間の経過は、
本当は20分しか経っていないはずなのに、
3時間経過しているのです。

 
 
 
 
ワクワクしている人、
つまり、自分の個性・本質を生きている人が若いのは、
その人にとって時間の経過が少ないから。

 
 
 
 
 
ワクワクって、若返りにも役に立つんですね〜(笑)
 
 

二元性でいいんだよ〜

陰と陽、男と女、善と悪、自分と他人、
プラスとマイナス、右脳と左脳。
肉体とそうでないもの。
見えるものと、見えないもの。

 
私たちは、
二元性を『体験』しにきています。
なので、二元性を体験しています。
元々ワンネスの存在が。
だから、
体験したい二元性を体験するだけです。
二元性を否定して、
ワンネスに向かわなくていい。
あ、これも二元性か。否定と肯定の(笑)
 
二元性を味わいつくそう。
そのプロセスの中で、
何か守られてる気がするという一体感を
感じられたらいいなぁ。
 
痛みの上のワンネスへの渇望は、
様々なドラマを生み出します。
例えば、男女の統合。
その表現形態のひとつである恋愛。
不完全さや、自分の痛みのフォローを相手に求めがち。
不完全でもなく、痛みもなかったんだと
気づくときに、自分を尊重したり、
その尊重が相手にも広がります。
 
二元性を堂々と味わいなっせ。
その中で、気づくことができるんだから。

 
あ、最初からひとつだったんだ。
分離ってなかったんだ、と。