本当に感じたことに嘘をつく

大多数が信じ込んでいることから出てくる感性の承認を得るために
自分が「本当に感じたこと」に嘘をつく必要はありません。

あなたが、あなたの感性で生きることにこそ、意味があるのです。

もし、そうでないとしたら、
その感性を持って生まれてきていないのですから。

困らせてやろう

 
「困らせてやろう!」とか、、、

 
 
何らかの悪意があって、何かをやったら、

 
 
 
「コラ!あたらめなさい!」

 
 
 
と、言うことができるけど、

 
 
 
自分でも分からないのに、そうしてしまう。

 
 
 
 
そこでは、感情の痛みに基づく信じ込み!が動いてるだけ。

 
 
 
 
繰り返す方程式の中で、苦しみながらも、
どうにかしたい!とあがきながら、
理由が分からず、無意識でハマってるだけ。

 
 
 
 
そんな視点を持ってみたら、楽になるかもね。
 
 

覚悟を決めたら、、、、

覚悟を決めたらすっきりします。

 

 

シンプルに。

 

 

今の抱えている状況は、「すべて」自分が創り出してると、
はっきり明確に覚悟を決めて受け入れる。

 

 

 

 

 

青空に一点の曇りなく澄み渡ったような覚悟。

 

 

 

 

 

どんなひどい出来事が起こっても、
どんなひどいことをやってくる人がいようが、
それは自分が創り出しています。

 

 

 

 

そういう人や出来事は、
視野が狭くなっている「迷子ちゃんになっているあなた」が
見る必要のあるポイントを
教えてくれている優しい人・出来事たちなんです(笑)
外側を「通して」内側に火を灯してくれる。

 

 

 

 

(傷と信じ込んでいる部分に)塩をすり込んできて(笑)
ここだよ!
ここに、気づいてよ!って。

 

 

 

 

ある意味、外圧です(笑)
そして、大体がその外圧に対して何か対処しようとします。
つまり、その人や出来事をどうにかしようと対処します。

 

 

外側(人・出来事)をやっつけても(笑)
根っこは「そのまんま」

 

 

 

そして、ますますこじれます(笑)

 

 

 

えっと、外側の現実を創り出した根っこは、内側にあります。
内側を見ていけばいいです。

 

 

そして出てきた感情を感じきるだけ。
そうすると、気づきとともに根っこは抜けていきます。

 

 

 

 

いや〜〜〜〜

 

 

 

 

嫌な悪人役を引き受けて、
真剣に演じてくれる優しい人々と嫌な出来事にかんぱ〜〜〜い!

 

 

 

 

 

 

 

うい〜〜〜〜〜っ!(呑んでません)

 

 

 

 

 

さあて、今日はどんな「極」悪人になろうかな〜〜〜(笑)

 

 

 

 

 

 

えっ!?自分のことをそれは暗に「超」優しいって言ってるって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、風にでもきいておくれよ(笑)

ちょっと怖い信じ込み

ちょっと怖いなぁ〜と思う信じ込み(個人的に)

 

 

 

 

 

「いや〜物事がトントン拍子に進んじゃって
これって流れに乗って導かれてるよ!」

 

 

 

 

ということがあると思います。

 

 

 

こんなパターンもあります。

 

 

 

 

◆◆「私は失った」◆◆と信じ込んでいたとします。

 

 

 

 

「信じ込んだこと」が現実を創り出します。

文字通り、何かを「失った」状態を創り出してしまいます。

 

 

何かを「失った『状態』」を創り出すには、
その何かを「失う」必要があるわけです。

 

 

 

 

失うために、まず『その準備として』
その何かを『得る』必要があります。

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

 

「その何かを得るために」、
物事がトントン拍子で進んじゃうんです。
そして、その何かをスムーズに得ちゃうんです。

 

 

『失うために』

 

 

 

 

 

この信じ込みがある場合、
『一時的には』うまくいくものの、
結果は、、、いつも、、、
うまくいかない、、、のパターンにはまりがち。

 

 

 

 

 

得て→失う→やる気を起こす→得て→失う→やる気を取り戻す
→もう、疲れちゃった、、、

 

 

 

 

そして、「何でいつもこうなるんやろ?」と。

 

 

 

 

 

繰り返している嫌な出来事があるということは、
「無意識のうちに」望まない信じ込みの方程式で動いているということ。
どんな方程式で動いているか
観察してみることもいいかもしれませんね〜。

 

 

親のせいで、、、、

 
語弊はありますが、

親のためなら、自分を譲る。
子供のためなら、自分を譲る。
◎◎のためなら、自分を譲る。

 
 
これは、

 
親のせいで、
子供のせいで、
◎◎のせいで、、、

 
 
と、置き換えられるかもしませんね。

 
 
 
自分の選択の責任は、自分にあります。
理由は、思考での納得付けのため。

 
 
 
責任って、
自分を自分で幸せにする責任。