人生は引き算!?

今の自分じゃダメだ、足りない、何かを身につけなきゃは、
痛みの上に足し算をしています。
痛みはね、足し算したものを最終的には
ちゃぶ台返しします。
見るところは、そこじゃないねん!と、
痛みをむき出しにしてくれます。

 

 

人生は引き算(丸裸になれば)すれば、結果足し算になりんす。

 

りんす(足し算)のいらないメリット!

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

なぜならば、そのむき出しの個性が必要とするものは、
宇宙がすべて揃えてくれるから。
その個性どおりに歩む時に、
お金というエネルギーが必要ならば、
なぜかお金が入ってくるし、
協力者が必要であれば、なぜか出会うし。

 

 

 

 

そんなもんです(笑)

 

葛藤

 

本来の自分が「どういうわけか」(笑)
親の期待や社会の期待・〜すべき論に
応えようとし続けていると、
「それは違うよ!」と葛藤が教えてくれます。
葛藤が生じた時は、自分らしく生きていない時。

 

 

本当は、本来の自分を生きたいんだけれども、
それを生きてしまったら、周りに迷惑をかけるかもしれないし、
何らかの波紋を生じさせてしまう、、、、等。

 

 

本来の自分は、本来の自分に戻ろうとする。

 

 

 

 

しか〜〜し、

 

 

 

 

でもね、だってさ、こんな状況では、、、
時期が来れば、条件が整えば等、
思考で引き戻そうとする。

 

 

 

これが、葛藤(感情の起伏含む)です(笑)

 

 

 

 

 

言い方はおかしいかもしれませんが、
どうあがいたって、
「最終的には」本来の自分に降参するしかないんです(笑)

 

 

 

 

抵抗し続けても、いいけど、
どうせ通る道。

 

 

 

 

時間を経過させながら、人生の終盤で、
本来の自分に戻るか、
今、戻るか。

 

 

 

 

さ、どっちが楽しいかな?

 

 

 

 

 

 

本当はどうしたいのかな?

 

 

 

 

 

本当はこうしたい!

 

 

 

 

 

じゃあ、そうしたら?

 

 

 

 

で、おしまい。

 

 

 

 

だって、でも、、、はいらんのです(笑)

 

 

 

 

葛藤が起こるということは、
本来の自分に戻るチャンスが来ている証拠。

 

 

 

 

 

変化をお楽しみくださいね。

瞼を閉じる

あなたが瞼を閉じるとき、
多くの人が瞼を閉じる。

 

 

 

あなたが目を閉じることに同意してくれた人たち。

 

 

 

 

 

ある人は、眠りに就こうとし、
ある人は、誰かに想いを馳せ、
ある人は、機関車のように、必死に命をつかもうとし、
ある人は、今生の思い出を命と共にそっと閉じる。

 

 

 

 

目を閉じた結果が、目を開ける結果となるとは限らないということ。

 

 

 

 

当たり前じゃないんだ。

 

 

 

 

 

共に、目を閉じてくれる大勢の人がいる。

 

 

 

 

 

独りじゃないんだよ。

 

 

 

 

 

目を開けた世界と目を閉じた世界。

 

 

 

 

 

 

その両方を味わいに来ました。

 

 

 

 

 

 

目を開けて落つる涙と目を閉じて落つる涙。

 

 

 

 

 

 

その涙が寂しがらないように、
多くの人が、大地に涙を落としてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

その涙から、見えないけど感じることができる
幸せのレシピをみんなで創っていこう。

 

 

 

 

 

天(そら)の涙は海にゆく。

 

 

 

 

 

それがひとつだと教えるように。

 

 

まずは自分を満たす

おはようございます。

 

 

 

 

 

カプチーノ松坂です。
→意味はありません。カプチーノも飲みません(笑)

 

 

 

 

 

いきなり、閑話休題(笑)

 

 

 

 

 

 

 

まずは自分を満たそう。

満たされた『自分を通して』こそ、
相手を愛することができます。

 

 

 

 

自分という門(愛する)を最終的には通ることを
避けられないようにできています。
どんなに抵抗のドラマを演じようと(笑)

 

 

 

 

 

いろんな音(〜べき・他人の期待)で、
その門を自分で塞いでいる。

 

 

 

 

 

 

それが、門を音で塞いだ『闇』

 

 

 

 

 

 

本当の自分の「音」(個性)で鍵開けしたらいいだけ。

 

 

 

 

 

 

その門(自分を愛する)を避けると、
満たされていない(と感じている)自分を
相手に『満たして(承認して)もらうことを通そう』とします。

 

 

 

 

 

『無意識的に』(笑)

 

 

 

 

 

 

そして、人のために!〇〇のために!という、、、

 

 

身を削って人のために何かを行うことは、
いいことだ!という多くの人の信じ込みを利用して(笑)

 

 

 

 

「この理由なら身を削ってもいいでしょ?
みんな!そんな私って素晴らしいでしょ?
この理由なら、文句言えないでしょ?」って(笑)

 

 

 

この理由なら誰も文句言うまい、という、
もっともらしい内容の言い訳を使って(笑)

 

 

 

 

 

宇宙から見たら、
他人も自分も同じ。
表現方法が違うだけ(笑)
個性の表現にジャッジなんていらないです(笑)
同じ土俵にいないのだから。

 

 

また、他人を満たして、
自分を満たさない必要なんてないんです(笑)
みんな満たされていい(笑)

 

 

 

 

24時間、常に一緒にいるのが自分。
その自分すら満たせない人が、
「もっとわかりにくい」他人を満たせるはずがないんです。

 

 

 

 

 

そこでも、言い訳が(笑)
他人のことなら分かるけど、
自分のことはわからないよ〜!って(笑)

 

 

 

 

本当に他人のこと分かってないから、
ごちゃごちゃする(笑)

 

 

 

 

 

しかも、他人のこと分かる必要なんてない。
「私にあなたのこと分からせよ!」と強いてるのと同じだから(笑)
そんで、内容次第で一喜一憂する(笑)
自分のおメガネに適うかどうかで(笑)

 

 

 

 

自分に見えたまんまの他人でOK。
そこに解釈は必要ありません(笑)
ひとつの表現ですから。
その表現が嫌なら、離れたらいいだけ(笑)
その他人をどうにかしようと執着せずにね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

質問です。

 

 

 

 

 

 

 

日頃どれだけ自分に気を配っていますか?
自分の本音を聞いてあげたり等。

 

 

 

 

 

 

 

え?やってない?

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、自分のこと分からないはずですよ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

やってないのに、自分のことは分からない言うてるだけ〜(笑)

 

 

 

 

 

 

 

やりなされ!

 

 

 

 

 

 

 

ま、やりたければだけど(笑)
自由だから、「すでに」(笑)それも選べてるんだし(笑)

 

 

 

 

 

 

 

さ、本日も、自分を大切にしていきましょう(笑)

 

 

もっと!もっと!

知識は痛みの上に創りあげられるもの。

「何かを解決するための」新しい知識が「もっと」必要となります。

「もっと」知識を積み上げても、その痛みは解決しません。

 

 

痛みを解決させようと、知識を積み上げてきたのが文明。

結果、行き着くところは同じなんです。

起こる嫌な出来事は、単なるメッセージ。

嫌と感じるメッセージ(出来事)を、
どうにかしようと新しい知識で対処しようとしても、
解決しません。

 

映画のスクリーンに映った映像をどうにかしようと
しているのと同じだから。

 

そして、解決しないから、
もっと新しい知識を必要と感じ、
その新しい知識で、
何回もスクリーンに映った映像を
どうにかしようとします(笑)

 

 

例えば、豊かさ。
豊かになるために、いろんな知識を試していきます。
貧困という痛みを払拭するための豊かさであれば、
根っこは痛みですから、
(貧困からの脱出、もう貧困という思いをさせたくない等)
どんなにその上に豊かさを構築しようとも
いずれひっくり返されます。
→日本は今ここのような感じがします。

 

 

しかし、心の豊かさがそのまま反映されて
豊かになっている場合は、根っこが痛みではないので
ひっくり返されません。

 

 

これは、個人、国問わず、同じです。

 

 

 

最初からすでに持っているもの。
誰でも持っているものの中に、
解決できる方法があります。

「気づき」

です。

 

 

「気づき」という才能は、みんなが平等に持っています。

平等に持っているものの中にこそ、
答えはあります。

特殊なもの、レアなものの中に解決方法はないです(笑)

知識ではなく、誰でも持っている気づきに目を向けていったら
面白いかもしれませんね〜。