過去

今までの歴史は必要ない。
生きてきた歴史。
気づくとその歴史は関係がない。

掴みにきたんだ

掴みにきた

夢を

愛を

望む世界を

 

 

掴みにきたんだ

叶わぬ夢を

信じたい愛を

私は望むが、周りは望まない世界を

 

 

 

うん

 

 

 

 

手放しにきたんだ

それに気づくために、今ここにいる

夢も

愛も

望む世界も

最初からあったということに

流れを止めないこと

嫌な流れも
その流れは気づくために起こるものだから

流れないと次に進めないものだから

嫌なものを止めようとする

それは確かにそうなのです

嫌だから

でも、止めるから嫌は続くのです

止めないほうが一番早く終わるのです

そのプロセスでいろんなやさしさに気づけたらいいな

命は必ず終わるもの

 

命は必ず終わるもの

 

 

命は絶対に終わらないもの

 

 

必ず終わると知っていたなら・・・・

 

 

絶対に終わらないと知っていたなら・・・・

 

 

表現形態が変わるだけ

 

 

触れ得るものが終焉し、
感じるものへと移り変わる

 

 

感じることに制限はなく、
感じることに制限を創る

 

 

様々な想いで、感情を切り取り、
その感情で大事にしたかった
本当の自分をノックする

 

 

本当の自分、
こんにちは

 

 

やっと出会えた本当の自分

 

最初からいたありのままの自分

 

 

ありのままは投げ捨てられない

 

だって、
あなたは「ありのままそのもの」だから

 

つないでくれた命を吸い込み
経験し尽した命を吐き出す

 

 

ただ、そんなこと

 

 

ただ、そんなこと

 

 

鼓動の音がやみました

 

 

感じることへの可能性を示しながら

動機が痛みだと結果も痛みになります

ある女の子がいました。
幼少期に両親に捨てられました。
そして孤児院に入り、
そこから学校に通いました。
両親がいる子、
片親でもいる子をいいなぁ〜、
うらやましいなぁ〜
家族で出かけたり、
お祝い事をしてもらったり、、、。

それに比べて、、、私は、、、

寂しいなぁ、、、、と常日頃、感じていました。

その子は様々な思春期を体験し、
お年頃になり、
温かい家庭を作るのが夢となりました。

さて、この女性、パートナーにも恵まれ
結婚しました。

よし、温かい家庭をつくろう!
私のような思いをさせないように
頑張ろう!

そう決心しました。

同じ時間にみんなで食卓を囲むことは
一家団欒、温かい家庭の必要条件です。

旦那さんが、仕事の都合で
その時間に遅れようものなら、
大変です。

温かい家庭の条件が崩れ去ってしまうのです。

旦那さんはもちろんその時間を破ろうとして
仕事をしているわけでもありません。
頑張っているのです。

ただ、その奥さんにとっては納得がいきません。

一家団欒の、、、温かい家庭の条件を崩しやがって!
怒り心頭です。

仕事で、食事の時間を過ぎようものなら、
旦那さんの分の食事を処分し、
とうとう、、、食事を作らないことにしました。

この奥さん自らが一家団欒・温かい家庭を遠ざけていたのです。

旦那さんは疲れ果てて仕事から帰ってきますが、
帰ると、、、一家団欒・温かい家庭を得られないのは
あなたのせいだと説教が始まり、
休まる場所もありません。

結果として、この家族は崩壊し、離婚となりました。

温かい家庭を作りたかったのに?

なぜだと思いますか?

動機が「痛み」だからです。

「寂しいから」=痛みの動機
「温かい家庭」が欲しい。

寂しいという種(動機)を植えても、
温かさという花は咲きません。

「痛み」が動機であれば、結果も「痛み」で終わります。

途中経過はいい感じがしたとしても。

「寂しいという痛み」の上に何を築こうと、
その上に築いたものは崩れ去り、
「寂しいという痛み」が顔を出すのです。

その痛みを癒して欲しくて。。。
(その痛みは信じ込みだったことに気づいて欲しくて)

※自分の痛みとその痛みが創り出した信じ込みに
相手を合わせようと強制したとしても強制できないのです。
※その痛みに相手が合わせてくれて、
痛みがないように感じたとしても、
痛みがなくなるわけではないのです。
痛みは、要求を餌としていきていきます。
相手から、エネルギーを吸い取るだけ吸い取った後、
満足しなくなり、
痛みを感じさせないように対応してくれる
「次の人」を見つけ始めるだけなのです。
そして最後には、要求に応じてくれない人と出会うのです。

気づきのために。

一見は、優しくないと感じるけど、
その底辺には愛が通っている人と出会うのです。
そして、その人と悲しいかな、闘い始める人も多いのです(笑)

※ここでは、
女性が食事を作る作らない云々のことをどうこうという趣旨では
書いていませんのであしからず。

さ!今年もバンバン解放していきまっせ!

自分のために!(笑)

捉え方次第

人の何らかの行動や状態を悪意で捉えるならば、
そこには、悪しか存在しない。

人の何らかの行動や状態を善意で捉えるならば、
そこには、善しか存在しない。

それは、自分の行動や状態を、
どのように捉えているかによって決まるのです。

その捉え方によってその人と闘ったり、
傷つけあったりもする。

陰の中にも陽があり、陽の中にも陰がある。
さらに、その双方を持っています。

どう捉えるか・・・・・・
決めるのは自分だということです。