明けましておめでとうございます〜こころが楽になる方法〜

 

明けましておめでとうございます。

 

今年は2010年。

 

新たな年が幕を開けたわけです。

 

自分のバランスが取れていない部分が
自覚出来るよう表面に出てくる年と思います。

 

その時に、人は感情の乱れとして自覚するかもしれません。
なぜ、こんなに感情が揺れ動くような出来事、シグナルが起こるのか?
また、何もないのに、何だか落ち着かない状態が続いたり、、、等。

 

心配しなくても良いです。
すべてがバランスを取ろうとしているプロセスで
起こっていることですから。


どうしても、辛いようでしたら、
自分で解決する方法もあります。


感情をありのままに受け入れて、
手放してあげると良いのです。


以下を試してみてください。
自覚がなくても解放は出来ていますので。

 


@今、感じている感情すべてを感じてみます。

A次の3つの質問のどれかを選んで自分に問いかけます。


「この感情を手放せますか?」

「この感情をそのままに出来ますか?」

「この感情を認めること(迎え入れること)は出来ますか?」


この質問には、「はい」「いいえ」どちらの答えでもOKです。
選んだ質問には、できるだけ深く考えたり、先を読んだり
その行動や結果のメリットを考えたりすることなく直感で
答えましょう。

 

B次の質問を自分の心に問いかけてみましょう。


「この感情を手放しますか?」


「はい」か「いいえ」かのいずれかが頭に浮かんだ答えを
素直に口にしましょう。
「いいえ」の答えでも淡々と次に進みます。

 

Cさらにシンプルなこの質問をします。


「いつ?」

「今!」


これは、「今」解放してしまおうという誘いです。
息を吸って吐きながら手放しても良いでしょう


Dこれまでの四つのステップをその感情から
自由になったと感じるまで、必要な回数だけ繰り返します。


必ず楽になると思います。
もう少し詳しく知りたい方は、

 

書籍「人生を変える一番シンプルな方法」
ヘイル・ドゥオスキン
主婦の友社

 

をお勧めします。

 

すべてには、意味があります。
あなたが今感じているその感情にも。
その感情を、感じた自分を責めたりせず、
ありのままを受け入れてあげましょう。
その感情を「感じた」だけなのです。

感じた感情=あなた自身と勘違いすることも
多々あることでしょう。
そして、自分は駄目だ!と苦しむこともあるでしょう。
感じた感情で自分を罰することは止めましょう。

感じた感情≠あなた自身

ということは知っておきましょう。

繰り返しますが、
あなたは、その感情を感じただけなのです。
あなたは、感情そのものではないのですから。

 

感情は、あなたの個性を発見し、味わうための
ツール(道具)です。
感情には、良いも悪いもありません。
自分にとっての嫌な感情は、
あなたの個性とは違うことをやってしまっていますよ!
という温かいメッセージです。

 

また、個性と一致した生き方をしていると
ワクワクという感情が働きます。
裏をかえせば、感情というツール(道具)を使って、
ワクワクすることを探せば、あなたの本来の強み(個性)を
簡単に見つけられるということです。

 

み〜んなワクワクすることが違う。
つまり、みんな個性が違うのです。

 

個性が違う中で、一定のルールで競争しあっている
社会が今の社会です。
個性同士で争えない。

 

なぜなら、みんなそれぞれの個性で稀少性を持った1番だから。

 

だから、
現状で、泣いていたって、笑っていたって、苦しくたって、怒ってたって、
情けないと思っていたとしても、生きているだけで価値があるんです。


そんな自分をないがしろにしてきた方は、ハートに謝ってみましょう。
「今まで、自分自身を大切にしてこなくてごめんね!」
そして、ありのままの自分を温かく包み込んで労わってあげましょう。


怒りの感情が出てきたとします。
そして、
その感情に対して、善悪の判断を自ら下し、
「こうあるべきだ!」で感情を抑圧しながら
生きていたり、、、、。
抑圧した感情は、残ります。
その感情は、ありのままその感情を否定せずに感じて
欲しかっただけです。

 

バランスをとるということは、
抑圧してきた感情が、自分はきちんと感じてもらっていないよ!
と表面に現れる現象です。
さらに、感情を抑圧し続けると病や痛み・怪我として表面に出てきます。
それは、大きな視点では良いことです。
身体もメッセンジャーの役割を果たします。
ですから、病と闘うという視点はナンセンスです。
大事なメッセンジャーに「このやろう!」と言うに等しいです。
その前に見過ごし続けたあなたに気づいて欲しいから、
確実に気づけるようにノック音を大きくしただけですから。


病にかかって人が変わった!
病とともに調和して生きようとしたら、
病が治った!ということがありますが、
これは、メッセージに気づけたということです。

 

表面に出る=感じることが出来る=気づける=手放せる


つらく苦しいかもしれませんが大丈夫です。
良い方向に進んでいます。
ですから、一時的な苦しみの中での視野で物事を判断せず、
良い方向に進んでいるんだという大きな流れの中での視点を
持ってください。


スリーインワンでは、この抑圧された感情を手放すプロセスを
お手伝いできるだけです。
感覚が残っている内は気づきやすいのですが、
感覚が麻痺してしまっている場合、ひとりで気づくのは
困難です。適切に感じることができませんので。
感情がワクワク(個性)を探すセンサーとして機能していない状態です。
まずは、感覚を取り戻すことから始めます。


最終的には、当人の個性の力で自分を取り戻すことが
出来ることを知っています。

言い換えると、本人の力でしか自分は取り戻せません。
そういう意味で、私はお手伝いしかできないのです。


本来は、すべて自分のテーマは自分で解決できます。
そのように、宇宙はひとり一人を創っていますから。

ですから、誰それのおかげで変わったというのは
インチキです。例え変わったとしても、
自分でない別のエネルギーを取り込んでいて、
自分じゃないものに変化して「幸せだなぁ〜」と麻痺していたり、
教祖様的な依存対象の上に自分が成り立っている状況になります。
これは、一生続きません。
一時的な安寧です。

それに宇宙はもうこのような状態を許しません。

 

自分の持つ個性も、それを続けさせてくれません。
なぜなら、本来の自分に戻ろうという自然なる作用を起こすからです。
そのプロセスは、自分を譲り過ぎていたら過ぎていた分、
ほんの少し苦しいものになるかもしれません。
しかし、その苦しみも一時的です。大丈夫です。


自分が、本来の自分と一致したら、
ず〜っとハッピーです。
もちろん、喜怒哀楽はあります。
でも、ハッピーです。
何があろうとおおむねハッピーです。


偽ハッピーや麻痺ハッピーになるためのものを
外に探しに出かける必要もなくなります。


自分の個性を発揮するための1番強いパワーは自分の中にあります。
パワーは誰も奪えないのです。


さて、今年は、自分の本当の個性に
注目して生きてみてはいかがでしょうか?

自己啓発セミナーなんていらない

 

目標に関して成功したかったら、

究極的には、「適切な」自分のワクワク感情に沿って行動するだけで良いのです。

ただ、問題は、自分にとっての「適切な」感情を感じることが出来ているか?です。

感情を感じることが出来ていたらならば、

自己啓発セミナーにお金を出して通うより、
自分を信じて行動した方が良いです。

確かに成功の方法は満載かもしれません。

ただし、その成功の方法は、あなたの成功の方法ではありません。

成功者に共通しているものをデータとして集約している
ものもあるかもしれません。

でも、それはあなたのデータではありません。

自分と違うものになろうとしたって、所詮無理です。

そもそも、本当にその目標をやりたいのか?から
こころに問い合わせる必要があります。

あなたにとってワクワクすることが
1番の成功法則であり、あなたにとっての成功への近道なのです。

本当のエゴとは?

 

「自分で」自分自身を満たすことはエゴではありません。

本当のエゴとは、自分の幸せの責任は相手にあると思うことです。

その場合、相手にいろいろなことを要求します。

そしてそれが、満たされなければ、相手を非難します。

あの人は、何もしてくれない、私の言うことをちっとも
聞いてくれない。

あの人のせいで、私は不幸だ、、、等。

これは、何々が欲しいという物欲から、
何々をして欲しいという行為の欲求にまで当てはまります。

特に、恋愛の経験が浅い人はこの経験をたくさんすることでしょう。
これは、幼少期に満たされなかった思いを、
相手に求めて解消しようとする行為です。

相手は、あなたの親でもなく、一つの独立した人格です。
お互いを尊重できなければ、その関係はいずれ崩壊してしまうでしょう。

何を言いたいかというと、本当の幸せは自分の心の中にあり、
相手に求めるものではないということです。

目隠ししての食事と個人の尊厳

目隠しして、食事を全介助されるという体験をしました。
日頃、意識しない点に気づくことが出来ました。

 

■食べる前に、食べるものの説明を細かく受けないと
物凄く味気ないものに感じてしまうこと。
⇒単なる栄養補給のような感じ。

 

■自分で食べる場合と違い、満足のいくサイズ・量で
食べることが出来ないこと。
⇒不足感もしくは、サイズが大きすぎての詰め込み感を感じる。
⇒不満感が出てきました。もどかしい!(笑)

 

■水分摂取の難しさ
⇒コップでお茶などを飲ませて頂く際に、
口からこぼしてしまう。こぼすことに申し訳なささを感じる。
⇒飲んでいる最中に、ストップをかけにくい。


 

 

総じて、人は、視覚にかなり頼った生活をしていることを
「経験として」実感しました。
食べ物の説明を受けないで食べてみると、
味も普段と違うように感じました。
そして、この食べ物は、こんな感じの味だろうという
ある程度の予測に基づいて食事をしていることも
分かりました。
ここでも、信じ込みが作用するんだなぁ〜と。
また、楽しく食べる配慮の必要性も実感しました。
日頃、私たちも、一緒に食べる人によって
食べ物がおいしく感じたり、
そうでなかったりすることと同じことです。

 

いのちの活動の重要な要素の一つである食事の場面で、
介助者が楽しい雰囲気作りを行うことは
大切です。
介助者はすでに自身の経験でその重要性を知っているはずなのに、
自分の仕事という位置づけで、また、食事を摂らせるという目的で
接してしまいがちです。
もちろん施設では、時間内に食事を摂らせなさいという
指示があるかもしれません。
人員が足りないという事情があるかもしれません。
しかし、そういうルールはぶっ壊しましょう。
当たり前ですが、変えようとしなければ、変わらないのです。
介護業界全体も良くなっていきません。

 

何が本当に大切なことなのか真剣に考えましょう。
施設職員さんであれば、あなたの存在意義は?
会社のために存在する訳ではない。
入居者さんや、利用者さんのために存在するんです。

そういう意味でも、象徴として
ペースを含む食事の摂り方は
守られる「べき」です。

 


個人の尊厳に関わる大切なことです。

 


レストランで、お客さんに、「早く食え!」と言いますか?
言われたら心地よいですか?
それを毎日やられたらどんな気持ちになりますか?
「分からないからやっちゃえ!」
それで、いいんですか?
天知る、地知る、我知るです。
あなたの心の問題です。
今さえ良ければ、今日さえ良ければ!ではありません。

そして、突っ込んでいいますと、
「聞こえないから悪口言ってもいいや!」
「分からないから、話しかけないでもいいや!」でもないのです。
語弊はありますが、相手の魂は聴いています。
(※私は、無宗教です。誤解なきよう)

ひとことでいうと、
「相手を想いやること」が大切ということにつきます。
一人として同じ人間はいません。
よって、自分の経験からこうであろう!決めて行動することは、
間違いを生み出します。
相手は、あなたではない!

 

RASは、一人として同じ人間はいないというところから
発しています。
ですから、一人ひとりの身体に聴いていかなければ、
全く分からないのです。ストレスも千差万別なのは当たり前です。
この人は、こういう人だろう!と思った時点で、
誘導・様々な意図が入り込み、セッションとしては
アウトです。

 

 

個人的な意見ですが、人をある種類ごとに分類する
占いやパターンにはめ込むカウンセリングはナンセンスです。
統計学に過ぎません。一時的な気休めです。
それで解決できるなら、とっくに社会は平和なはずです。
よもや、それで人を導くなんて、やる気もありませんし、
恐ろしくてできません(笑)
その人の人生の責任負えませんし。

 


ひとことを繰り返します。

 


この世の中に、一人として同じ人間はいないのです。

 


すべては、相手のあるがままを尊重するか(できるか)?です。
「想いやり」は、誰でも持っていて使うことのできる
才能の一種ですから。


誰にでもできることですから、やりましょうか?(笑)

やるか、やらないか、ただそれだけですから。

どちらをあなたは選択しますか?

ツイッター