過去の調味料を捨てよう

 

人は過去の経験から、「今」起っている出来事に味付けします。
過去に同じような(似たような)出来事があったら、
脳は自動的にその時の知覚(感情)を検索し、
「今」起こっている出来事に過去と同じ味付けをします。


 

過去の味付けが、自分にとってネガティブな感情であれば、

ネガティブな味付けを。
ポジティブな感情であれば、ポジティブな感情の味付けをします。


 

これが、嫌なことは繰り返し起こるというカラクリのひとつでもあります。


 

また、「今」起こっていることは、「過去」に起った出来事とは
似てるかもしれませんが、「違う要素も含んだ全く別のもの」という風に
覚えていて損はありません。


 

 

「今」は「過去」ではありません。


 

 

「今」は「今」です。


 

 

「過去」の味付け調味料の消費期限はとっくに過ぎています。
それに、毎回同じ味付けでは飽きないですか?

よくもまぁ、こんなになるまで頑張ってこられましたね(笑)

 


 

「今」どんな味のものを召し上がりますか?


 

さぁ、「今」を楽しみましょう。

 

 

 

 

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認知症の方々は私達となんら変わりない。

 

 

人間が喜怒哀楽を経験するために、
この世の中に生まれてきたと仮定すれば、
認知症のお年寄りも日々、喜怒哀楽の経験値を積み上げて
成長していることになり、その成長はこの世に別れを告げるまで
続きます。
それと同時に私たちも、
日常生活の中で喜怒哀楽の経験値を積み上げていきます。

 


 

認知症のお年寄りの支援に関わるということは、
喜怒哀楽の経験値を同じ場を共有しながらお互いに積み重ねていく
学びあいであるという視点も必要です。
キーワードとして「年齢を超えた対等さ」が重要です。
年齢を超えた人としての、人間としての対等さ、
言い換えれば、「命の価値としての対等さ」です。
命に尊敬の念を持ちながらの支援を心がけることが大切です。
それは、認知症のお年寄りに対してだけではなく、
認知症ケアに携わるスタッフ間にも必要なことだと思います。
スタッフにおいても、お互いの個性という違いを尊重しあうことで、
お年寄りたちに資するものが多々生じてくる感覚があります。

 


 

「人はいつ死ぬかわからない」
それは、お年寄りも支援する側も変わりません。
ですから、お互いの関わりあいの一瞬一瞬を大切にしていかなければいけない、
と思います。
双方とも学びあっているという点では、お年寄りは同輩であり、
支援の対応に関しては、同輩中の先輩という視点で
行っていくことの必要性も感じます。

 


 

人たるや長く生きていれば、
身体に多少のガタが生じるのは当たり前。
人間の、身体と心は繋がっていますが、
敢えて、身体の部分・心の部分を分けるとすれば、
身体のガタにより生じた日常動作的欠落部分を
なるべく分からないように支援していく必要があり、
心に関していうならば、
生きてきた歴史として様々な制約(時代的な思想・環境)を経験し
蓄積されてきた「感情ストレスの吐き出し行為」を
大きな視点で見守る必要もあり、支援側の心の広さ、
受容度も問われているように思います。

*感情ストレスの排出行為ではなく、吐き出し行為と
意図を持ってここでは使用しています。

 

 

 

認知症は、「素直に感じたことを表現できる」
ほんのささやかな時間であるので、
そのささやかな時間を
個人の尊厳を保ったまま生活して頂けるような配慮の重要性を
感じます。


 

 

また、表現される感情に関して、怒りだから価値が低い・笑いだから価値が高い
という価値判断を超えたところにあるもの、

「シンプルにたまったものを出す行為」
「すべての感情は同価値である」という視点も持つ必要があります。


 

 

さらに、having(何かをもっているから)
doing(何かをしているから、したから)だから価値があるという視点から、
being(ありのまま存在する)だけで価値があるというところまで
落としこんでいけたら、支援にも変革が起きていくと思います。
支援者の個々の価値観である「〜べきだ」「〜ねばならない」等の

押し付けを行っていないか心に逐一問い合わせてみることも必要です。
押し付けは、「不必要な」ストレスを加えることになるのですから。


 

 

最後に、「黒子の支援」は、人間という社会的な動物に対しては、
不適切のような気がしました。見えてこその安心感・
隠れてこその個人の尊厳の尊重。双方の使い分けつまり、
「見え隠れの支援」の重要性を感じます。

 

 

現場の皆さんはどう感じますか? 

 

 

 

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自分の中で基準を変える

 

基準が変わると温かい。

 

寒い日に温かい飲み物がありがたい!と思うのは、
あなたの中に「寒いという基準」があるからです。

 

その基準が「暑い」となれば、
その温かい飲み物は
あなたにとって場違いな飲み物になるのかもしれません。

 

暑いのに、温かい飲み物なんて!と思うか、
身体を冷やさないためにもありがたいと思うか。

 

「環境という事実の基準」は変えられないにしろ、
「解釈の基準」は変えられるのです。

 

つまり、解釈により、様々な場面で
ありがたいと思うことができるということです。

 

 

 

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仕事はニーズで選ぶな!?

 

仕事は、時代を経る中で
様々に変化していきます。

 

 

また、これから伸びていくであろう業界・業態
衰退していくであろう業界・業態があると思いますが、
世の中のニーズで仕事を選ぶと間違えます。

 

 

自分がワクワクする分野をやればいいだけです。
たとえそれが、衰退していくであろう業界であったとしても。

 

 

ワクワクするということは、衰退していくであろう
業界の中にあっても、何らかの変化を起こしていく力が
あなたにはあるという証明なのです。

 

 

 

 

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介護の業界再編(案)

 

介護業界の課題(一部)

 

 

◆超高齢化社会による介護従事者不足
◆ケアギバーの質の低下
 ⇒教育体制・不況による生きていくための生活の手段としての職業選択
  虐待・資格の積み重ねによる賃金加算(資格主義)
◆国・公共団体の予算の圧迫
◆介護事業者の賃金の低さ


 

◆◆◆自分が行った介護が貯蓄できる(自分に還ってくる)仕組み◆◆◆

一般住民・介護従事者等が自分で行った介護と同レベルの介護を貯蓄できる。


 

 

◆介護を行ったものは、同等のランクの介護を受けられる権利を

貯蓄できる。

⇒分類も行う。

例)入浴介助Bランク、歩行介助Aランク、車椅子での移動Aランク


 

一般住人:収入により将来受けられる介護の差を受けにくくなる。
雇用による介護従事者:賃金+当該権利

           (介護に従事すると当該権利が同時に加算されていく)
*双方とも介護技術+礼節を含んだ接遇の査定を行う。


 

◆ケアギバー登録:
一般住人:所定の技術スキルを取得して役所に登録する(役所管轄)
雇用による介護従事者:所定の技術スキルを取得した人物を雇い

      所属会社がまとめて役所に登録する(役所にて行う管理の代行)


 

◆ポイント:
@ランク付けされた介護を受ける権利は売買できるものとする。
※介護される権利自体が資産となる。
 ⇒低賃金であれ、将来の大きな資産も同時に積み立てていることになる。
※ビジネスに集中してきた人は、受けたいランクの介護の権利を買い取ることができる。
 ⇒自分にとっての介護の質の上昇(ランクが上がるほど高くなる)
※介護を受ける権利を貯蓄し続けてきた人で介護が必要ない場合も、
 余剰分を売ることができる。
 ⇒年金以外の新たな収入源。
A基本的に自分が行った質と同等の介護を受ける権利が得られるのであるから
介護技術や接遇の向上につながる。
B地域社会に目がいくようになり、地域社会での人的繋がりを生み出す手段となる。

例)孤独死の減少、防犯、地域課題の協力体制作り、子供の教育
 

◆効果予測:
介護従事者の増加
ケアギバーの質の向上
国・公共団体の予算の低減(民間での金銭流通)
介護技術者の実質賃金の向上

 

※もちろん、当該権利の無意味な転売・悪用が生じるので

その部分は管理を要する。

 

 

 

ざっくりですが、考えてみました。

 

 

 

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